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Blog/2017-07-07

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桂馬の高上り

「 灯台下暗し 」誰でも知っている諺であるが
私は海上にまつわる灯台のことであろうと認識していた。
調べてみると、江戸時代の部屋の明かりを照らす灯明台の事を言うらしい。
周りはまんべんなくよく照らすが、その下は灯明台が影を作り暗いという意味を示す。

これを人の行動に例えれば、他人事はよく目につくが
意外と身近な自分の事は気がつかない。
と皮肉った諺である。
したがってこの諺の次に引用されるのが
「 人のふり見て わがふり直せ 」
他人の事はよくわかるが、とかく自分の事は分からないものである。

どこの職場もまだまだ不安定で、小さな怠りや不注意がちょくちょくと耳に入る。
その大部分は、安易な行動と不用意な作業を、打合せなしで実行している例が多い。
安全の大切さを呑み込めていないのか、それともまた自分には無縁のことだと
他所ごとであるのか、思わず「 バカヤロー、危ないじゃないか、怪我をしたらどうするんだ! 」
とっさに怒鳴る職人がいてくれるのが一番良いのかもしれない。

その昔は、職人気質は平気で怒鳴るベテランの先輩たちが居て
下手をすると鉄拳で教えられたものである。
この職人気質のベテランを諺では「 岡目八目 」「 他人の正目 」と言った。
囲碁や将棋はその横で立ち見をしている人の方が、目が届きやすく何手先までの指し手を
お見通しだという意味である。

修羅場をくぐり、いろいろな経験を重ねてきた職人は、次の8手先までお見通しである。
植木屋の棟梁が、人を指図して高い木に登らせ、枝を切らせていた折のこと
危なく見えた高所では何も注意せず、やがて仕事を終えて降りる時
軒の高さぐらいになったころ「危ないぞ!気を付けて降りろ!」と言葉を掛けた。
こんなに低くなったのだから、もう飛び降りても怪我はないだろう・・・
それなのにどういう訳ですか?と質問した。
「目が回るくらいに高い場所では、自分が恐れて注意するから
私が何も言わなくても大丈夫です。過ちはもう大丈夫と気の緩んだ時にするものです」
さすがにツボを得た注意の仕方、指導の仕方は、正に今時でも安全管理に通じるものがある。

お互いが声を掛け合い人の手本になるように、せめて3手先まで支えあえる
そんな職場であって欲しいと願うのは私の「 桂馬の高上がり 」かもしれない。
5人で一つのチームは海の職場、許し、支え合いながら
お互いが関って生きていくしかないのである。
縁あって乗り合わせた船。
支えあえば、怪我もなくなり、船内の生活も豊かになる。
「 知恵と力は 重荷にならぬ 」「 急いては ことを仕損じる 」
安全の道と人の道は、突き詰めれば同じ領域にあるのではないだろうか。



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