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Blog/2017-09-08

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不自由と不足を知って 価値を知る

私の幼いころの食糧事情は、敗戦国として物不足が深刻であり、大変な食糧難の時代であった。
極端な食糧不足のため主食の米はおろか野菜も無く
雑穀の粟(あわ)、大麦と、サツマイモが主食であり
大麦粥に芋を入れて食べるのが恵まれたほうであった。
食べ物を求めて老いも若きも知人縁故を頼り
島へ島へと沢山の難民が疎開をしてきていた。

そのため私の故郷・百島では島民人口は、1,000人から一挙に膨らみ
大よそ3,000人位がひしめいていた。 
なだらかな山と言う山はすべてが耕されて芋畑になり
秋口に収穫したサツマ芋は翌年の6月くらいまで
どこの家庭でも主食の座を保っていたものである。
このサツマ芋を食べることで困ることは、とにかくオナラが猛烈に出るわけで
繊維質の多いサツマ芋で育った私の胃腸は、そのためか、今でも非常に丈夫に出来ているのは
粗食に鍛え上げられた役得であったかもしれない。

今もこうして元気に現役を続けていられるのは、百島と言う過疎の町に生まれ育ち
浜辺にはアサリという自然豊かな海の幸にも恵まれていた。
物が乏しい時代に育てば、物の豊かさこそが最大の幸せだと思うように成長していく。 
敗戦から立ち直りを見せる我慢の時代は、誰もが一生懸命に働き
倹約を重ねて人並みの生活を目指して生き抜いてきたものである。 

その当時では、お金が沢山あって大きな家に住み、美味しいものをたくさん食べられる。
それが幸せな家庭だと、貧乏人の憧れる希望であった。 
ところが昨今はどうであろう。
どこの周囲を見渡しても、どこの食卓にも有り余る食べ物が並び
居間には大きなテレビが鎮座して、庭には車が人数分並んでいる。

何事も十分に有り余って恵まれているはずが、自分は不幸だと思う人が沢山いる。 
何の不足も無いのに、それでもやはり心が不幸だという。 
生まれたときから恵まれている人と、私のように不自由と不足からスタートした人とは
物事の価値観が全く違ったものになる。
お腹がグーグーと泣いて御飯を食べるのと、いつも満腹で御飯を仕方なしに食べるのと
その比較は良く似ている。

物に不足すれば、恵まれた事に感謝が出来るものと、常に満腹なのに味も分からず
不満を言いながら食べるのとは大いに心得が異なる。
幸福も不幸も何かの形で現れるものではない。
心の中にその価値を充分に感じれば、元気で居られることでさえ
この上なく幸せだと感じることは出来る。
有り余った環境で幸せを得ることは出来ない。
小さな不幸を嘆くより、沢山自分が持っているものに気づいて数えれば
皆さんは今、幸せだと感じる沢山の物を持っていることに気づかなければならない。



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