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Blog/2017-09-20

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信じる強さ

私が船長の見習をしていた、昭和42年頃の航海は、よく走って避難をしない船が喜ばれた。
「安全優先」というより、「航海を優先」することで
運賃をシッカリ稼ぐ船長が喜ばれた時代であった。
勿論、私もその当時に育てられた1人で、冬の日本海の大時化を身震いしながら
船脚を前へ前へと進めたものであった。

その当時、私の育て親にあたる一航士は、忘れもしない同郷の年配者で
私の船長としての骨太を作った指南役であった。
彼は大型の漁船転職者であったから、大荒天に私がしり込みをしていると、必ずこう言った。
「 何の船長!これっきしの時化で、恐れていて何になる! 
  あんたには、幼くして亡くなった両親が憑いている。
  あの世でシッカリ可愛い息子を見守ってくれている。 」
そう言っては私の心に寄り添い、叱咤激励してくれ続けた。

何度も何度も時化るたびにその話を聞けば、私には本当に父母の見守る姿が浮かんできた。
避難すればしたで、彼はまだ夜が明けないうちから
「 人より先立って船を出さないでどうするのか。他人と同じ事をしていたのでは
  人を追い越すことはできない! 」
などと一航士のほうから乱暴にスタンバイの詮索があり
時には夜中から先駆けて船を出すことも常識の範囲であった。

おかげで、その当時では日本海を一番良く走る船と言う事で
鼻を高くしていた時代でもあった。
人間は誰でも一人では心も弱く寂しいものである。
しかし、鍛えられるたびに、若い力は危険に対する抵抗力を強く持ち始めていった。
見えない何かを信じて、無条件で自分を見守ってくれている存在があるとしたら
それは、どんなときでも心強い。
「 あの世で、可愛い息子を見守っているお父さんとお母さんが居る 」
その心を信じることで、不屈の強い力が働いた気がする。
神の言葉に「 信じることほど強いものはない 」とあるが
信じることで「 強く 」なったのではなくて
私は両親が見守ってくれていると思うことで「 楽 」になったのだと思う。

この世には思い通りにならないことが多い。
心の中に強い何かを信じることで、そのことのみにとらわれる事無く
「 楽 」な姿勢で頑張れる。
何かを信じることは、返してみればそれは自分を信じることではないだろうか。
今や安全と言うものは「技術を越えた社会観念」であり
安全は常に「 危険を回避したところ」にあり、危険に陥らないためには
常に努力して、自分を信じるところに目指すべき本当の安全が存在するのではないだろうか。



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