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Blog/2017-09-25

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失ってからわかる 大切さ

毎日「 安全運航 」というテーマと取り組んでいく過程で
私は技術では防ぎきれない、人間性という生身の生態にぶつかっていく。
つまり、「 自我で作り出す、身勝手な反応 」とも言うべきか
その日、その時の反応が微妙に食い違うところに、ウッカリミスの人が多い。

例えば、今までと何ら変わらない食生活をしていても
今日は何故か少し胃の調子が悪い、眠りが浅い等と、原因が分からないまま
生活のバランスが自然と崩れてくる。
そしてリズムの変調がおきる。

過日のこと、某船が製鉄所岸壁に接岸中、その日に限って2名が工場内を通って
街まで買い物に出かけた。
ところが以前は構内の自転車出門には必要でなかったはずの、ヘルメット不着用を注意された。
取り急ぎ1名が守衛所から船までヘルメットを取りに引き返す途中
あろうことか巡回中の保安員に見つかってしまったのである。

結果、関係者にはお詫びをする事は勿論の事、会社からは始末書の提出が必要になり
気まずい結論になってしまった。
この小事を振り返ってみれば、いつもは構内通行に関しては
誰もが慎重な行動をとるものであるが、何故かここに於いて慎重さが欠けてしまった。
彼等を知る多くの人は首をかしげてしまう。

それはおそらく彼等の心の中に起きている、すき間、不満、ストレス、ヒヤリハット
妄想等の感情のもつれが、災いしているせいだと思う。
そして、もう一方、慣れという一番厄介な心のブレというものも看過できない。
大方の船舶は、大時化が予想される前途には、気象情報を確実且つ充分に収集して予見し
危険に対する警戒心を旺盛にする。
そこには強い安全意識が行き来して、人さまざまな気持ちが、心の中で葛藤する。

しかし、「日常の慣れた接岸に対する油断」・「狭水道通過時、船長への連絡不徹底」
「何度もヒヤリハットをくぐり抜け、常態化した船長不在の危険海域への航海」
心のすき間には、知らぬ間に警戒心が解けて、危険という落とし穴は
ハインリッヒの滝つぼへと加速してゆく。
その時いつもの慎重さは影を潜めて、油断が心を覆ってしまう。

そのような戒めに対して、忘れていた基本に戻ることや
何度も語られる船内でのミーティングがいかに大切であるか
一つ一つを謙虚に確かめて、行動を起こす重要性はそこにある。
安全遵守とは、いかなる動作もその時々の感情に左右される事なく
冷静な行動を継続させる事をいう。
慣れた作業も油断無く「 良く気づく 」ことこそ本当の熟練した技術ではないだろうか。



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