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Blog/2017-12-01

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安全への慢心

人は誰でも病気になれば、早く治って人並みの生活に戻りたいと願う。
入院して歩けなければ、外を歩く人達を車いすの窓辺から羨望の思いで見守るに違いない。
ところがすべてが治って元気をとりもどせば、元の生活に順応して
感謝することはすっかり忘れ、美味しいものを食べたい
楽しいところへ遊びに行きたい思いに駆られる。

人の心は常に悲しさや不自由を道連れにすることはできない。 
自分が不自由をしたはずの入院生活はすっかり忘れて、人を思いやる気持ちもなくなり
いつしか自己中心な人間に戻りやすい。
本当は不幸に陥った失意のときこそ頑張ろうと思い、幸せになればなるほどに
慎み深い謙虚な心を持つことが理想だと思うが、そのような境地にはなれないのは
人の未熟ゆえであろう。

幸いな事に、弊社では大きなトラブルも事故性のトラブルも影を潜めている昨今
このまま無事に年末を迎えられる願いも、また人として誠である。
ところが今月の18日午前五時頃、苫小牧港外の沖合約100メートルで
貨物船「S丸」(499トン)が座礁した事故は、N造船で修理したばかりの
私の良く見知った船舶であるばかりか、乗組員も面識のある人たちであった。
発生から何日過ぎても高波に阻まれて、離礁に向けた作業は難航している。
今のところ、周辺は特産のホッキ貝の漁場とあって、漁業関係者は
「 一刻も早く船の撤去を進めてほしい 」と懇願している。
知人の船の海難とぶざまな残骸ほど、明日は我が身と心を悲しめるものはない。

しかしよそ事と捉えて周囲に泰平が続けば、心の引締めが解けるのは瞬く間である。
マンネリとは「 喉もと過ぎれば熱さ覚えず 」
安全への慢心は、何時しか手抜きを繰り返す事になる。
先ほどの事故例、船長は気象の把握も無く、夜明けの港外で熟睡であったことが想像される。
目覚めれば天と地の差は、事故の当事者になることなど
ユメユメ思わなかったに違いなかろう。

今日が泰平でも今から先はどうなるものか誰にも分からない。
時化の海、停泊中の安心を守る為の行動は、いたってシンプルである。
港外に漂う船に、十分な錨鎖と一人の停泊当直員がいれば、この事故は無かった。 
それは技術では無く、設備の欠陥でもなく、常識的な義務の欠如であり
海人の命を守るモラル欠如であったろう。

人の常識はいつか必ず錆付くときが来る。
その錆は一瞬にして大事故へ招き、自らの人生を決定的に沈めるほどの破壊力を持っている。
5人一組の世帯は協力し合い、海上に浮ぶ安全を確保して行かなければならない。
乗組員の生命と安全を守っているのは、今、乗船中の貴方の責任の中にあることを
決して誰もが忘れてはならない。



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