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Blog/2018-01-12

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働かざる者 喰うべからず

いつも会社へ通う道沿いに、大きなお寺がある。
そのお寺には保育園を経営していて沢山の通勤ママさんが
朝早くから幼児を預けに立ち寄る。
それを車中から眺めながら「 皆さんがそれぞれ大変なんだ。
幼い子供をお寺に預けて、若き母たちは頑張っている 」
感心しながらお寺の掲示板に目を注ぐと、一つの言葉に目が留まった。

「 働かざる者 喰うべからず! 」
働こうとしないものは、食べることもしてはならないと書いてあった。 
我々は仕事についてよくこぼす不満に、
何でこんなにシンドイの・・
もっと楽な方が良い・・
別のやり方があるだろう・・
何で我々だけが・・
そんな愚痴を耳にする。

果たして、仕事って他人のために行っているのだろうか? 
誰かのために、やらされているのだろうか?
そんな思いにとらわれがちになるが、その答えは否である。
仕事は誰のためにするものではない。 
自分のお腹と家族のお腹を満腹にするための、作務だと思う。
それが証拠にお百姓〔 自給自足 〕さんは、畑を耕作しなければ作物を作る事が出来ない。
作物が実らなければ、食べて生きることも出来ない。

我々の仕事もその耕作作業の理論と同じではないだろうか。 
お金を出せば、なんでも手に入れることの出来る時代に
そのお金を生み出している根本が、労働の対価である。
仕事は自分たちが食べるための耕作である。
「 働かざる者 喰うべからず! 」はその理論の核心だと思った。

仕事の本質とは、自らが食べるためにあり
そのうえで社会に貢献出来て幸せを感じる行為。
そう思う事で、どんな仕事でも前向きに捉える事が出来るのではないだろうか。
毎日でも子供の傍に付いて居たいであろう。
うら若き母たちも、お寺に子供を預けて頭を下げて走り去る。
その子の一日の糧のため、そして自分の糧のため。
働く事は「 はたを楽に 」すること、備えた力をこの世に提供し
自らの中に新しい力を取り入れる事を言うのだと思った。

ぶつくさと文句を言いながら耕作してみれば良く分かる。 
中途半端な仕事には良い作物は実らない。
誠心誠意の耕作には、沢山の良質バクテリアが醗酵して
数ヵ月後には見事な収穫物が稔るものである。
良い仕事には良い結果が待っている。
仕事とは自らを肥やすための作務に違いない。



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