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Blog/2018-01-17

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辛抱に芽生えるのは希望

「 ヤスオ、毎日サンマの干物とカボチャばかり出さずに
  たまにはバラ寿司でも作って喰わせろ!
  魚の煮付けは辛すぎるから砂糖を入れろ!
  味噌汁の麩ばかりでなくて、時には豆腐も入れろ!味付けが悪い! 」
今思えば、炊事の「す」の字も習ったことのない私の作る食事に
乗組員の皆さんが良く耐えてくれたものだと思えた。

あれは忘れられない初挑戦の「 バラ寿司 」であった。
勿論、料理の本などは皆無であったし、私に手ほどきをするほど
現場の仕事は荒くれていて手ぬるいものではなかった。
昔、姉が作ってくれたバラ寿司を思い出しながら、具を作った。
「 ニンジン・ごぼう・高野豆腐 」
甘辛く炊いて、酢飯にかき混ぜて出来上がりである。

ところが私は、白飯には生酢をそのまま使うと思っていたから
思い切り酢をふりかけて出来上がりである。
どうも不味い!
しかし昼食には時間が足りない!!
そのまま出したバラ寿司を一口食べた甲板長は、「この野郎!働き通しでたまらんのに
こんなものをつくりやがって!これをお前が食べてみろ!!」
とゴミ箱に投げ捨てた。

空腹時の怒りは半端ではすまない男の職場であった。
ごはんおひつ二杯の酢飯は泣きの涙で海に捨てるハメとなった。
それと引き換えに、私の頭には大きなコブが何個も盛り上がっていた。
知らない料理に挑戦しながら、まず皆さんに褒められることは無かった。
冷蔵庫には大きな氷を担ぎこみ、燃料の石炭も自分で注文して
船の倉庫に運び込まばければならない時代であった。

ただ一つ幸いしたことは、あまりの酷使労働に眠ること以外に
落ち込む時間が与えられなかった。
まるでゴミ。
まるで虫けら。
「飯炊き」とはそのような労働条件であった。
そんな環境に育ったからこそ、不屈の精神は次第に芽生えていったのかもしれない。
16~17歳、私は鍛えられヘトヘトになりながら、心身は次第にたくましくなっていった。

人間の可能性は限りなく無限に広がっている。
そんな中で、自分はものすごい下積みの苦労をしていても
そこには数えきれないほどの他の力が働いていた。
先輩達・おじいさんとおばあさん・海の仲間たち・兄弟・学校の先生。
やればやれるが、しかしそれは自分の力だけではなかった。
多くの周囲の人たちに教えられ、支えられてこそ、私は育ってきたのではないだろうか。

今ある自分は、生きることも、食べることも、当たり前と思ってきたが
気づいてみたら多くの助けに囲まれて、生かされて命ではないだろうか。
思い返せば、あの日の苦労があってこそ、辛抱に続く優しさを教えられて私は育ってきた。
人生はどのように逆立ちしても、叶わない事は沢山存在する。
出来ないことに心を煩わせるより、今できる事を精一杯にして
「 一日一日を確実に、コツコツといきていく 」
人生とはそんな道々を言うのではないだろうか。



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