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Blog/2018-02-06

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差別といじめ

昨日のニュースによると、広島市の中学校3年生の女子生徒が校舎から転落死した事件は
「 入学当時から断続的にいじめがあった 」などとする調査結果が
教育委員会によって結論付けられていた。 
今はどこの学校でもいじめ問題が深刻に受け止められている。 

随分昔の話で申し訳ないが私がまだ15歳の春、中学3年生になったばかりの新学期
私にもいじめに似た記憶が残っている。
担当になった先生から、「 この学年から、高校へ進学組と就職組に組分けをします 」
と、説明があった。
私達の学年は80数人が、40人ずつ2学級になって8年間を共に学んできた。
いつも一緒に遊べる仲良しの友達ばかりであった。
進学する人は希望校に沿った勉強が必要であり、人によっては補修学習も
必要であったであろう。

その頃の日本の経済事情に反映されて、進学組と就職組は
大よそ半数ずつ程度であったと記憶している。
しかし、理由はどうであれ、わたしはこの突然の組分けによって
いじめに似た感情をいだくことになり、大切な友を次々に失うショックを受けてしまった。

就職する組には先生もいなくて自習が多く、授業時間も彼らより
2時間程度は短いものであった。
つまり、もう勉強の必要がない人達としての、烙印を押された組でもあった。
今まで一緒に勉強をし、肩を組んで下校した仲良したちは
進学組が多くて教室の窓辺に集中して勉強する姿が見えた。
彼らの学ぶ姿を背にして、私だけがトボトボと下校の坂道を下るのであった。

少ない人数の先生方が補習授業のやり繰りには、仕方のないことであったかもしれない。
しかし勉強にがんばってきた生徒は、貧乏であるという差別を
心に傷として、背負う結論になった。
私は家に帰って、何度も何度も「 皆と一緒に高校に行きたい! 」
「 行かせて欲しい! 」と姉さんに頼んだ。
そこには、いつも用意されている答えは「 貧乏 」という現実・・・
無言の背中には否定の答えが書いてあった。

私は学校へ行く目的も希望も見失い、いじめに近い傷心を抱えることになってしまった。 
いつしか、もう勉強する必要はなくなったと、反感の思いに変わっていった。
今まで頑張ってきた予習も復習も必要はなくなってしまった。
下級生たちと山に遊び海に戯れては、島の外にいつか大きな夢を見始めていった。

私の希望はもうこの島には無い・・・。
都会に就職して頑張ってみよう。
この時を境に進学する友達との距離は、大きく隔っていったのである。
その傷は、私のコンプレックスとなって同窓会への誘いを断り
一度も参加しなかった意固地さが証明していたようだ。
〔 私が同窓会に初めて出席したのは、もう60歳になってからであった。 〕
しかし世の中は悲観論ばかりを並べて生きてはならない。
私はそのころには気づかないまでも、一つ大きなことを学んでいたことが
後になって分かってきた。

人は「 人の嫌がる事はしてはならない 」
傷心を引きずる虚しさは、人の心に強いコンプレックスを植えつける元凶になる。
「 自分がして欲しく無いことは、同じように他人もして欲しくはない 」
その思いは、自立する心に変わり、人に迷惑をかけてはならない思いへと
次第に矯正されていった。  
私はあの時、受けた差別の傷を癒すことも出来ず
実に幾十年も引きずって生きたことを、今は深く反省している。



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