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Blog/2018-02-09

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人生は 一度一回

今日は週末。 
一週間が過ぎる意味のある日を、大切な命の話しで締めくくりたい。
私の友人から贈られた本、お釈迦様から得た知識を、少しここに拝借させていただく。

お釈迦様はある時、左の手のひらに土を山盛りにして
それを弟子の面前に差し出されて訪ねられた。
「 お前はこの手のひらの土と、大地の土の量とでは、どちらが多いと思うか 」
と訪ねられた。
「 お釈迦さま、それは勿論大地の土の量の方が、比較にならぬほど多いう御座います 」
と弟子は答えた。

するとお釈迦さまは
「 まことにその通りである。丁度そのように、この世に生を受けたものは
  大地の土の量のごとく無限でが、人間として生まれたものは
  この手のひらの上の土の量のごとくまことに少ない。」
と、説きしめした。

さて、私達はここで何をこの説法に学ぶのか。
この世に授かった命は、犬や猫や牛ではない。
また猛獣や蛇やタヌキでもない。
人間として貴重な生命、貴重な因縁、僅かな限られた数であり
人の命としては希少な価値を持って、この世にあることを尊いと思わなければならない。
つまり、「 人間の命は地球よりも重い 」と言うまことは
法話の中にも伝えられている。

それでは私達は果たしてご指摘の通り、人の命の尊さを深く自覚して生きているだろうか。
お互いの生活や仕事の中に、それに基づいた考え方や生き方をしているのだろうか。
そこまで突き詰めれば、私には自信はなくなる。
むしろ、自分のつまらなさの方が先行して思い浮かんでくることの方が多い。
人は生まれてくればその命は自分のものだから、誰に指図もされたくないと思う。
自分の命だから、好き勝手に生きればよい・・・。
そう思う輩がいるとしたら、その人は仲間からも離れて
自分1人で生きればよいのである。 
わがままとは、自分勝手と言う意味である。
自分勝手の人には仲間は全く必要のない理論につながる。

世の中には安全とか命とか人間が生きるうえで
尊厳とされるものの価値が軽んじられている。
その代わりに、地位とか名誉とか金銭とか美貌とか
付随的なものへの価値観が強く、その視点は真実から外れたところにある。
本当は命が脅かされないかぎり、人はわがままでありつづけ
「 安全 」などと言うものは、脇に置き去りにされやすい。
そのように、心の準備も無いままの者と
常に自分の身体は自分で守る「 安全心 」を持つ者の行動は明らかに違ってくる。 

その心は自らの命と人様の命を合わせて、仕事の中にも率先した
責任ある行動を伴うものである。
誰の命も犬や猫の命ではない!
人間としての尊厳を深く自覚して、今日も安全一途の道を迷わず辿りたい。
多くの仲間たちに伝えたい。
この世で一番大事なものは、皆さんの「 尊い健康と安全 」に違いない。



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