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Blog/2018-03-01

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不動の如し山 叡智なる海

先週の休日には気分を一新しようと、春の山菜、蕗の薹[フキノトウ]探しに
少し遠出をしてみた。
山裾に入ってみると雪解けの風は汗ばむ私の顔を、爽やかに撫ぜて通り過ぎていく。 
少し奥深い山間部に入ると日陰にはまだ残雪があり
流れる小川のせせらぎは耳に優しくも、清水はまさに手を切る冷たさであった。

山菜は夫婦で食べるほどの収穫にして手を休め
小高い丘で握り飯を「ほおばれ」ば、風景を肴に格別な美味しさがふくらんでくる。 
いつもの生活スタイルから抜け出して、自然の中に心をゆだねれば
どっしりした山々や森林の連なりは、何故かそこには人々の故郷がある想いに誘われる。

山間の静寂に心は落着き、自分の抱えている悩みなぞは
ささいな事がらに思えてくるから自然の力は不思議である。
つまりそれが自然に癒される解釈になるのかもしれない。
遠くを見渡せばどっしりと安定した山々の稜線が連なり
風景は安心感に心が満ちてくる。
 
風景の安定感は人にとっても同じ意味合いがあり、いつもドッシリ感を抱かせ
威風堂々とした貫禄には、人はおおむね多くの信頼を寄せやすい。 
野も山も単なる見慣れた風景に過ぎないかもしれない。 
けれども、その風景の中に感じられる安定感が、人間の内面に落ち着きや安堵感や
大きな信頼感を与えてくれるものではないだろうか。

私が野山の風景に対比して海を思うのは、雄大な太平洋のかなた水平線上である。
その線上を境に夕陽が沈み、また朝陽が昇る。 
自然界の確かなる一直線にも、また不思議な魅力が秘められている。
航海の中途、水平線が一直線上に見えるとき、航海者達は幸せな気分で
茜色に染まった夕陽を拝む。
しかし、一直線が歪んだとき、それは強大な自然の脅威が牙を剥き
荒れ狂う前兆に思える。

忘れたであろうか? 
あの日の午後、東北の海原は大きく波打って揺れていた。
揺れる水平線は大津波になって、罪も無い多くの人々の尊い命を
無惨にも奪い去っていった脅威を我々は決して忘れ去ってはならない。 
今から7年前の3月11日、空前の大津波は、多くの傷跡を残したまま今にある。

雄大な大空・・・
叡智なる海・・・
不動の如し山・・・
人々のささやかなる営みを無惨に破壊し、被災する歴史は
何故か大自然の中に繰り返されていく。 
人々はそれを運命と言うものか。
いつになればこの悲しみから解き放たれるのか。
大自然とは優しくもあり、かくも残酷である。

今日も皆さんの行手に、「 春の嵐 」が待ち受ける。 
決して油断することなく安全なる運航を水平線に向かって我は祈らん。



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