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Blog/2018-06-25

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我慢は根っ子 人は幹 知恵は枝葉

人生とは人の生きざまの道場・・正に多くの学びの場である。
「武田信玄」曰く、人を木に例えるならば、学問はその枝葉にあたる。
枝葉がよく茂った立派な木になるためには、大いに学問をしなければならないと
家臣達に説いて回ったという。

なるほど、その通りだと思う。
しかし、何も書物を読む事だけにこだわるのがよいとは思わない。
私たちの職場には書物より現場の技術を学ぶことの方が大切であり
安全に作業を進める心得を習得する事も、一つの立派な学問だと思う。
また自分より優れている人に学び、話を聞くこともまた大いなる枝葉に等しい。

私の鈍感な頭は、勉強と聞いただけで頭が割れるように痛んでくる。
試験には頑張って徹夜をしても、意外と記憶力は目に見える効果を発揮するものではなかった。
そのため、上級の海技資格を受験するときの勉強には
流石に参ってしまった想い出がよみがえる。
来る日も来る日も記憶の闘いであった。もうダメだ!と何度悲鳴を上げたことか。

苦しい時、脳裏に閃いたのは、私の百島小学校の校庭にあった銅像であった。
校庭に立ち続ける「二宮金次郎」の銅像は、背中にはマキを背負い
手には本を開いて、働きながら勤勉に学ぶ姿は、私の脳裏に焼きついて離れなかった。
私は家族を扶養していくためには、どうしてもこの困難な資格を
早く取得しなければならないと思った。
その当時40人の苦学生に混じりながら、私が弱音を吐けば
間違いなく彼らには置いていかれる。 
つまり私は落伍者になってしまう境にあった。
 
どんなに辛くても歯を食い縛らなければならない。
そのとき、二宮金次郎の銅像が頭に浮かんできた。
「 そうだ!彼のように歩きながら本を読めば意外と頭に入りやすいのかもしれない! 」
私のひらめきは見事に的中したのである。
私は毎日毎日、本を片手に部屋の中を深夜まで歩き回った。
身体をゆっくり歩行しながら暗唱を試みると
みるみる読んだものが頭に治まってゆくではないか。
私はこれだ!と思った。

その日から畳は磨り減るほど、夜明けまでも歩き続けた。
〔 創作ではなく真実である 〕
どうだろうこの勤勉な努力は1回の試験で、見事な合格の道を開いたのである。
40人の受験生の中で合格したのは僅か5名であり、私はその中の誇らしき1人であった。
「二宮金次郎」努力・勤勉・一日一つの学びは、一年たてば360余りの差をもって
利発になり人間として向上していく。
人の良いところを学びとる心得は、なにも恥ずべきことでは無い。
素晴らしき心得である。


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