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Blog/2018-06-26

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安全祈願は 内在の祈り

安全を「 拝みっぱなし、祈りっぱなし 」幾十年来、同じ願いを一途に続けても
祈る側の姿勢にもマンネリが起こり、真実味のない言葉を重ねるようにもなりがちである。
願う事を言葉に尽くして書き続けることも、実行してみればそれは相当に忍耐が必要である。
その心にあわせるように、また一生懸命、備考欄一面に返事を投稿していただく船長が
幾人もいることは、私にとっては最も嬉しい反応である。

人は虚しさや寂しさを感じてこそ成長する。
元気で前向きに躍動しているときには、誰もが自分の無力さには気がつかないものである。
しかし、勃発する事故などに委縮し、思い通りにはならないむなしさが
心に広がり始めたとき、人はあらためて仕切りなおしの階段を登り始める。

懸命に書き上げる日々のメッセージは、着実に皆さんの心に
受入れられているのであろうか・・・。 
その疑問に突き当るとき、皆さんと自分の間に横たわる、乖離した距離の遠さを
考えさせられる。 
伝わらない意思が今度は寂しさとなって、発信した空砲は
方向を変えて自分の胸に飛び込んでくる。
そんな場合や物事に行き詰まったとき、私はいつも原点に戻れば良いのだと思う。

「 人はもともと裸で母の胎から出〔 い 〕でた 」
その考え方が、気分をサラリと洗い流してくれる。
1人で何も持たずに裸で生まれて、また1人で何も持たずに死んでゆく。
お金も宝石も御殿もあの世に持ってゆくことは誰にも出来ない。

権力者の欲しいままにした栄華も、その力を持って死を遠ざける事すら出来ない。
短い人生を一生懸命に生きる以外にはなにを悩むのか・・・・・。
たかが人並み能力の私がどのように性根を尽くしてみても
多くの人の心を射抜く事など不可能であろう。
もとを正せばその願いや祈りは、自分の為に努力しているに違いないのである。

「 願わくば、私の願いを聞いてください。 」
すべてはその心から発信していくに違いない。
「 今日もお陰様で無事でした、ありがとうございました 」
「 今日も一日、自分の力の及ぶ限り安全遵守を願い続けます」
その思いの発信こそが、「 安全祈願 」「 内在の祈り 」となって伝心するのだと思う。
つまり、私のメッセージとは「 求めるものが言葉になっている 」
そのものに過ぎないかもしれない。
 
答えもない祈りであるが、その熱意の強さは
「 拝むものが、やがて拝まれるもの 」に
変化する事もあるのだと信じ続けたい日々である。



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