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Blog/2018-06-27

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確認・気力・気構え

剣法の極意とは「 精神を集中しながら、しかも心はどこにもおかないこと 」だという。
剣の勝負で、敵の腕を打とうと考えれば、腕ばかりに意識が集中して
それ以外の攻めの機会を逃してしまう。
敵が面を討ってくるのではないかと思えば、面を防ぐことばかりが気になり
わき腹に隙ができる。 
勝とうと思えば、勝つことばかりに心をとらわれ、焦りが生じる。

昔から言う。
あの人は注意力散漫で気が散っている。
つまり集中力を欠くと気が散漫に成りやすい。

考えてみれば、私たちの日常でも様々なことに心をとらわれて生きている。
梯子の上に上がって修理ばかりを気に掛けて、早く済まそうと急げば
高い位置に居て危険な状態であることを忘れそうになる。
私の知る実例では、ハッチボードの塗装に一生懸命にローラバケを転がしていた人が
後ろ向きに塗装の終わった順に後退をしていった。
もう直ぐ終わりに近づくとき、ハッチの船尾側が通気のため
一枚開放されていることに注意が注がれず、塗るという意識だけに気をとられ
後ろ向きに艙内に転落したものである。
残念ながら6.5mの高所から転落したその人は、頭を強く打って
一命を落としてしまった。

私もその昔、思い込みによるミスをした思いがある。
大阪の木津川筋に入港着桟の指示を受けていた。
目印として工場のブルー色の天上クレーンの立つ岸壁と指示されていたので
私は天上クレーンだけを目印に探し出した。
そしてそれらしきクレーンに近づいたので、綱とりの要請を電話で連絡したのであるが
岸壁側綱取では、その様な船は接近していないというではないか
そんな馬鹿な話は無いと掛け合うが一向に話しが噛合わなかった。
それは川筋を一つ間違って手前の尻無川に入港していたものであった。
そのために1時間以上のロスが発生して、思い込みにとらわれて
叱られた苦い失敗を思い出す。

人間は何か一つの事に執着し始めると、知らず知らずのうちに
自分の心の中でとらわれた事だけが肥大化してしまうようである。
部外者から見れば「 なぜその様な事にとらわれるのか 」と不思議に感じるが
一度考え方や見方が危険な方向へ偏れば、折返す事が難しくなることも事実である。
そのために、もっとも大切なものは目に入らず、場合によれば前記のように
一命まで失うこともある。

私の家内が口癖のように言うことがある。
「 あんたは、注意力が散漫だから・・」
耳にたこが出るほど言われてしまえば、本当に散漫だと思い込むものである。 
それだけに世の中は難しい・・・
集中すれば脇が甘くなる。
様々な事にとらわれ過ぎれば、散漫だといわれる。
つまり大事な要点は、何事も気配りを重点にして、一つの事にはとらわれず
点検・確認を気構えとすることこそ、無災害への秘訣だと思う次第である。



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