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Blog/2018-07-10

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もらい風呂

三原の我家では現在でも断水が続き、風呂もシャワーも浴びることはできない。
従って、洗面器に水を汲んで、濡れタオルで身体を流す要領でしか、行水ができない。
ふと恵まれない環境に、昔の故郷での「もらい風呂」の思い出が
懐かしくも、まざまざと浮かんできた。

夕焼けに染まった麦畑の向こうで、聞き覚えのある「タマおばさん」の声が聞こえて来た!
「 くにチャーン。今日は風呂を沸かすからね~・・ご飯の後に寄りんさいよ~ 」
「 ハーイ!タマ叔母さん、おーきに。皆でいただきます。 」
島の助け合いは畑の手伝いだけでは無い。 
風呂を沸かせばお互いが呼び合い、親睦を持ちあうのであった。

その頃の風呂は殆どが五右衛門風呂であって、勿論水道は無いから
井戸から汲みあげたツルベの水を、水桶に汲みあげて
一杯一杯を担いで風呂桶に入れるのである。 
その作業は想像するより結構大変な作業であり
雑木の焚き木も相当量が炭になるまで、水は温かくならない。

1軒の風呂には3軒~5軒くらいが呼ばれるから、4人家族としたら
15人~20人が同じ風呂を頂く事になる。
呼ばれた風呂に入る人、待つ人、居間ではお茶が振舞われて
延々と婦人たちの団欒が始まる。
隣村の噂、今年のミカンの生育、学校先生の話、駐在さんの話
遠くに出稼ぎに行っている巾着船漁の話。
こうして、親せき付き合いを広げるのは、もらい風呂の団欒から始まっていた思いがあった。 
私の家には貧乏で風呂は無かったから、学校を卒業するまでは
全て近所のもらい風呂で、身体を洗ったものである。

今日は小父さんの家、数日後には道路を挟んだ向こう隣の家
その次には本家の風呂、と言う風に「風てんの寅さん」みたいな存在であった。 
もらい風呂は有難いのであるが一番困るのは、おしまいに近づく人ほど
お湯が少なくて、生ぬるい湯であること。 
更に困るのは、お湯が濁っていて洗うのか汚れるのか判らない時があった。
 
そのために風呂上りで風邪をひくのも日常茶飯事であり
さらにもらい物でデキモノが出るのも良くあった。
裏返せば不潔そのものの風呂の代名詞であったろうが
それがもらい風呂であれば何の文句も言えない。 
そして、その代わりと言っても変だけど、人の身体はそんな環境にも負けるだけではなくて
次第に抵抗力を備える便利な反応を示すものである。

成長するごとに、もらい物も風邪引きも無い、元気な身体に抵抗力をつけたのは
或いはこのもらい風呂に身体が馴染んだからかもしれない。 
島の文化はもらい風呂から始まる。 
そんな素朴な時代を思い出し、今時の、ひねれば適温のお湯が出る我家の風呂にさえ
本当の満足と贅沢を感じなければ罰があたる、幼少の思い出が浮んできた。



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