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Blog/2018-07-18

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出会いは人生の扉を開く

月曜日は、地元・三原の水害後の状況を、自分の目で確認してみたくて出かけてみた。
床上浸水の民家は数えきれない軒数である・・・

テレビでは「昨日まで口の利いた事の無い、見ず知らずの人たちが
私の家の災難に土運びを手伝ってくれています。 
この親切な出会いは何とありがたい事か、被災者の私等は毎日両手を合わせています。」
その言葉通りに沢山の持ち寄りボランティアの方たちが炎天下で
汗を流す姿に我ながら頭の下がる気持ちになった。

皆さんの職場、昨日まで全く知らなかった者同士が、今日は同じ職場で苦労を共にする。
なぜこの仲間達とめぐりあったのか、どうして同じ職場で仕事をすることになったのか
それは昨日のボランティアさんの偶然にも似ている。 
何事においても出会いの偶然はまさに不思議である。 
この会社に入っていなければ出会うこともなかった。 
よその船舶に乗船していれば・・・
もしもの出会いは無限に疑問である。

人と人の出会いは全くの偶然だと思うが、その出会いのご縁を大事にして
深く関っていくかどうかは、これもまた縁結びである。
もちろん、気の合う人ばかりではない。
なかには出会いの瞬間、その印象で虫の好かない奴、苦手に思う人も出てこよう。
私達の出会いの偶然は「 神のみぞ知る奇跡 」である。
その不思議さは誰にもわからないご縁といえる。

いわば天の大きな力に左右されてこそ、お互いに身近に顔を合わせる出会いが
現実のものとなっている。
私は人と人の出逢いは、人生の学びの場だと思う。
学びとは外部からの情報を受け取り、自分から感化されて変わっていくことである。 
そのような学びの場であれば、偶然の出会いを粗末にしてはならない。 

人の能力は皆がそれなりに長所短所を持ち合い、埋めあうように出来ている。
言ってみれば、誰でも同じ一升枡(ます)を持っているようなもの。 
仕事がよく出来るから一升枡(ます)を二つ持っているわけではない。
枡の中には努力の力を満たす人・知恵に満ちる人・怠惰の汚水が満ちている人
その中に入っているものが少しずつまたは大きく違う。

天の導きを偶然の奇跡とするものなら、出来る限りその出会いに感謝し
互いが心を通わせて、良い方向に協力し合いたいものである。 
お酒を酌み交わすのと同じように、お互いの持ち寄った一升枡の中味を出し合い
長所を伸ばし短所を引っ込める努力こそ
偶然に感謝できるかけがえのない行為では無いだろうか。

ボランティアで見ず知らずの、知らない人の不幸に笑顔を投げかける心得
人には迷惑をかけず助けよう。
出会いの偶然を有利に生かすことこそ、親切を満開にした人生の学びであろう。
貴方の一升枡を何で満たすのか、お互いの人生はその心構えで
大きく変わるのではないだろうか。



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