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Blog/2018-07-25

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ねこばば

人間は何事にも用心するということは、動物的保身として、本能的な行為に違いない。
しかし、用心は心身を労する事であり、何事も注意は怠りがちになりやすく
思わぬところで怪我や事故につながる恐れがある。 
一般には用心深いことは処世上大事なことであるが、ついつい面倒だと思えば
他人任せになりやすい。

例えば、現場に不具合が見つかっても、自分の手を汚すより
誰かが気付いてやるだろう・・・
まだ大丈夫だろう・・・
などと解決を他人任せにし、先送りする場合がある。 
そのような不心得が、災害や事故の引金になる例は多い。 
「電気のスイッチは入っているか、いないか・・」
「バルブを開放したままではなかったか・・」
「油切れの音がかすかに聞こえてはいるが・・」
「ロープが擦り減っているが・・・」
まっ!あいつが居るからいいか!
そういった不備の充当を人任せに期待した場合、それが危険に直結する例は非常に多い。
「 念には念を入れる 」「 石橋を叩いてわたる 」慎重な諺の通り
これはと思ったことは、即座に自分で処理をするか、皆との打ち合わせ上で
誰が実行するのか確認する誠実さが大切である。

見ていて知らぬ振りをする行為を代表する言葉に「 猫ばば 」という臭い話がある。
猫は糞をすると、後ろ足で土をかけて糞を隠すことから
「 悪い事をしても知らん顔する 」
「 人のものを拾っても交番に届けず、知らん振りで自分のものにする 」
などの行為を世間では「 ねこばば 」と言う。 
この最近では、聖職の自分の立場を利用して、自分の息子を医科大学に
裏口入学させた政治家がいたが、これも「ねこばば」の行為である。

安全運動の難しさは、あくまで人が対象であるところから
人それぞれに多くの煩悩を抱えている。
つまり、個人個人の利害は乗越え平均的に、理解されなければならない。
人それぞれ違うようにその思いもまた異なり、理解の範囲も性格も異なる。 
大半の仲間には安全の尊さは充分に伝わっても、他の一部の人には深く理解されなかった場合
物ごとは総合力で運航されているわけであるから
一端の綻びは「 上手の手から水が漏れる 」ように、完全と思った運航にも
思わぬ落とし穴の危険が迫る。

安全とは自らの命を自らが守る、当たり前の行動である。 
人任せや人頼みであってはならず「 懲りる前に、懲りる 」
慎重かつ誠実な心得で対処しなければならない。
安全を、「また安全か」と笑う者があるとしたら
それは、自らの尊い生命をも、侮辱している愚かな行為ではないだろうか。



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