船舶管理から船員確保まで皆様のニーズにお答え致します

Blog/2018-08-29

Top / Blog / 2018-08-29

心得一つ 今日も安全の 心田を耕そう

落ちているゴミにつまづき、ケガをすることはなかろうが
一つまみ拾う善意に、安全の心田はたがやされる。
安全の陰徳を積むところには、良い習慣のもとに必ず良いことがかえってくる。
禅の言葉に「 前後際断 」と言う言葉がある。

今日と云う日の後には必ず明日と言う日が訪れる。 
明日には何が待ち受けているのかわからない。
突然の災難によって命を奪われることだってある。
明日にも大きな病が見つかることもある。
ゆえに前後の一瞬を絶対的なものとして、その時その時を捉えなければならない。
意味をいう。

禅宗寺では毎日毎日修行僧たちは朝一番、長い廊下の拭き掃除
落ち葉の積もる庭掃除を寸暇も休むことなく延々と続けられる。 
一般には昨日大掃除をしたのだから、今日の掃除はしなくても良いだろう。
今見たところ綺麗だから職場の掃除は省いてもいいだろうと思いがちである。
そのような意識の中では物事の捉え方は「 昨日、今日、明日 」
これ等は一本の線でつながっている。
「 今日はここまでで明日に繋げる 」
つまり人生は一本の線で続くと認識した考え方である。

しかし、禅の捉え方は少し異なり、もっとも大事にすべきは
「 現在、今と言う瞬間 」である。
それは今日という日は一つの点であり、その点が滞ることなくつながった先が
明日と言うことになる。 
なぜそのような教えになったのかは、戦国時代は争いごとに満ちて
武士たちは明日にも戦が始まるかもしれない。 
すわ鎌倉へとはせ参じる意味で、今日という日を息も抜かないで
一心に生きていく心得であったと説明されている。
現代においては余り窮屈に考える必要は無いが
今日、明日と繋ぐ線上であれ、何事も一生懸命に捉えてその時を頑張れば
大概の心構えは納得のいくものになるのではないだろうか。
 
人生には思わぬ理不尽なことがおきる。 
病気や怪我ばかりではなくて、先般、西日本大水害も突然の犠牲者に陥ったことも
既成の事実である。 
余談ではあるが昨日の通勤途中、私の車のフロントガラスに飛び石が当たり
残念ながらフロントガラスは見事に稲妻の傷が入ってしまった。
走行中、目に見えない飛び石を避ける手段があるだろうか。
それも「今という瞬間である」

どんな場合も人は生きていかなくてはならない。 
小さなゴミ一つ摘んで拾う心得こそ、「 前後際断 」である。
昨日の事は過ぎたこと。
今、目の前にある時の移ろいには、いつ何事が待っているのか知れない
手を抜かず心こめて職務を全うすることこそ、点のつながり。
何事も一生懸命になることこそ、すなわち前向きに生きることに違いない。

誰もが毎日、欠かさず洗面しているように、自分の職場の機械を手入れすれば
機械は常にピカピカになるだろう。 
点の繋がりとは、そのような心得の積み重ねをいうのではないだろうか。



a:68 t:2 y:0



コメント


認証コード(0152)

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional