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Blog/2018-09-14

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一瞬の積重ねが人生

平凡な日々、変化の少ない「 のっぺらぼう 」な日常が繰り返される。
実に淡々とした日々には誰もが手持ち無沙汰に、退屈さをついつい感じてしまう。
多くの人々はその日常のつまらなさに、つい特別なことや刺激を求めがちになる。
もっと楽しい事はないだろうか・・・
起伏の無い日々は嫌だと思う。

はたして一年中で特別に心が躍るような一日は何日あるのであろうか。
毎日わくわくと心が躍る日が続いたとしても、結局はそれも飽きる日が訪れるに違いない。
例えば家族旅行をするにしても、一年に数回にとどめるからこそ楽しいのであって
毎月のように家族旅行を続けても、必ずその行為は当たり前になって
気持ちのムラは増大してしまう。

つまり、特別な日ばかりを追い求めるのではなくて、平々凡々とした日常の中にこそ
本当の幸せを見つけることが大切ではないだろうか。
一杯のコーヒを飲む。 
ホッと一息できる時間と平穏は「 何と美味しいことか・何と幸せなことか 」と
心に感じることこそ、生きている本当の実感ではないだろうか。

人によって「 何かいいことはないか 」「 何か面白いことはないか 」と
平穏過ぎる時の流れには、感謝を忘れがちになる。 
しかしこのような考え方に陥る人は、自らが不満を生み出しているようなものである。

人はいつでもどんな場合でも、自分の足元をしっかり見ることが大事。 
日々の平穏な暮らしにこそ、沢山の宝石が散らばっていることを、学ばなければならない。 
心を開いて考えれば、今と言う一瞬の中に、輝くものは沢山ある。 
何故なら、一瞬の時の流れにこそ、人生は確実に積重ねられているからである。

平坦な日常が続く海の道。 
溜息と欠伸が交互に続く職場・同じ顔・同じ航路にあって
安全である尊さを忘れる者こそ、一瞬の積み重ねをおろそかに思う常態化した危機である。 
「気の緩み」が人生最大のピンチを招くことも、また一瞬のうちに始まる。
どこの世界にあっても、人生おなじ時の調べはあり得ない。
刻々と時は刻まれて、再び同じ時間は訪れない。 
もし平穏にして欠伸が出るときがあるとしたら、それは貴方自身の心が欠伸をして
盲目の世界にとどまっているからに違いない。



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