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Blog/2018-09-19

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余生という人生は無い

毎日毎日忙しく時間が通り過ぎていく。
平成30年が始まったのは、この前だったと思ったものが
春はいつ過ぎたかのか、猛暑の夏が終わり、道端に咲く彼岸花がはや秋の訪れを告げている。
時の流れは、怠けていれば新幹線より早い時間で、通り過ぎて行く。
私ごとき年齢にさしかかると、去り行く時間は切実な思いでまとわりついてくる。
時は帰らず。

数日前、近所の同年齢の人との会話には、次のような話が続く。
「 毎日が日曜日の人はいいですね。余る時間は何でもできる。実に羨ましい。 」
「 旗手さん、何を間違った事を言っとるん。男が仕事を失ったら
  亭主の席と同時に男を失ったのと同じだよ。 」
「 え~、見ていても気楽そうで余る時間がたっぷりあって
  一日が全部自分の時間だから言う事ないと思うけど。 」
「 あのね~、時間がたっぷりあるのは、出かけるお金が無いと言うことだよ。 
  時間はあっても懐が寂しければ、家庭の粗大ゴミと一緒だよ。 
  ぶらぶら無意味に身体を持て余す事は、実に辛いものだ! 」
大よそ、そのようなやり取りに終わった。

人は生きている限り目的や生きがいがないと、残された人生は寂しい限りである。
その点、乗組員の皆さんは65歳を過ぎれば、働くもよし!定年するもよし!で
老後の選択肢があることは、なんと素晴らしいことではないだろうか。

広島シッピングに働く多くの高齢者の皆さんは、自分の自由意思で
技術を売り物にすることが出来る。 
陸上ではそのような贅沢な職業は、なかなか見つからない。 
現在働いている皆さんも、一度は定年をされて遊ぶだけ自由な時間を得たようで
面接で伺う話では大抵の方たちが
「 一旦は定年になって遊んでみたが有り余る時間を
  自分の好きな事だけに埋める事は出来ない。
  次第に妻との会話もなくなり、むしろ家庭に帰ってからは孤独になってしまった。
  こんな事では人間がだめになるから、もう一度頑張れるところがあるなら働きたい。 」
どうやら思った理想と現実には大きな食い違いのあることが分かってくる。

働いて賃金を得る。
そこだけの現実に走れば、人生は寂しいものである。 
健康であり今まで自分で培った技術が生きてきたからこそ
社会に必要とされる喜びが生まれる。
賃金はその後についてくるものであり、まず感じなければならないのは
働いてやるという意識ではなくて、恵まれた現実に感謝がなければならない。

「111歳。やっぱりめでたい!」の作者・山下義一さんは話しておられる。
「 定年後になると一気に老ける人がいます。 
  これは勤めの頃と違って、時間通りに生活をしなくなるからでは。
  何歳になっても、規則正しい生活を心がけましょう。」
と話しておられる。
この言葉は長生きの秘訣として、とても参考になる生活意識のアドバイスだと思う。

大企業で働いた人達が、定年になれば粗大ごみのように捨てられる社会構造の中で
船舶の職場で70歳以上でも働ける職種は、素晴らしい巡りあわせの職業ではないだろうか。
人は老いれば老いるほど、ひと時を大切と思い、仕上げの人生に励むべきであり
余生という人生は無いにひとしい。



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