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Blog/2018-10-12

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安全とは 危険を回避する 力を言う

私が毎日皆さんに送るメッセージを読んで
これは安全の通信教育だと評価を頂いた事がある。
これは上手い事を言うものだと、携帯電話やスマホの時代に
通信教育なる古めかしい制度の話に、内心ニタリと微笑んだ。 
しかし、この通信教育たるものも、皆さんが目を通して読んでくれない限り
ただ一枚の紙の厚みでしかない値打ちに下がる。

そんな面倒な通信教育より、安全活動で一番効果的な手法がもしあるとしたら
あらかじめ危険な目にあわせて怪我を体験させ
危険な作業を実習させることが一番の近道かもしれない。
しかし、それは現実的に許される事ではない。
人間は本来より適切な判断を妨げる欠点がある。      
勿論機械ではない人間であるがためのエラーである。
その特性および欠点は次のようなミスを言う。

①人間だから間違える      
②人間だからウッカリする        
③人間だから忘れる           
④人間だから気がつかない        
⑤人間だから不注意がある        
⑥人間だから一つのことしか見えない   
⑦人間だから先を急ぐことがある
⑧人間だから感情に走ることがある
⑨人間だから思い込みがある
⑩人間だから横着をすることがある
⑪人間だからパニックになることがある
⑫人間だから人が見ていない時に違反する

人間その者の欠点は、必ず上記の何番目かのミスを発生させて
災害事故へとつながる例が多い。
例えば③⑤⑩と同じような状況は、作業服のボタンを留めなかったために
ロープドラムに巻き込まれた事故。
油断と不注意が起こす①②⑤
見張り不十分による衝突事故なども、繰り返されているのが現実である。

我々人間は、何事にもよらず本当に痛い目に遭うと
その時初めて懲りて、もう二度としまいと反省する。
ところが実際の現場での災害は、懲りたのではもう手遅れである。
取り返しはつかない。
人としての特性を知り、欠点を少なくすることで、安全は守られていく。
それ故に規則を守ることは基本のなかの基本として厳守しなければならない。

絶対厳守・厳禁事項がうたわれた項目の多くは、過去における尊い犠牲や
手痛い教訓から生み出されている。
それにも拘らず、安全厳守とか安全訓とかは、自分が実際に体験しているものでは無いから
とかく軽視され疎(おろそか)になる。
守る側にしてみれば、あたかも痛くないのに痛いと思え
懲りる前に、懲りよと言っているようなものかもしれない。

以上の理由で人の習性として、本気にはなれない人が多いのが
安全管理者として悩むところである。 
世の摂理は自分のとった行動によって、何でも結果は必ず現れる。
つまり今の自分の立場は、これまで過去における自分の歩みの結果と言うことになる。
それならば自分の未来を決めるものは、これから先の行いが生み出していく結論に違いない。

船舶を職場とする者、安全遵守は命を守る約束事である以上
過去であり現在であり未来を通して絶対に守り通す
「 男の意地・人の誠 」でなければならないはずである。



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