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Blog/2018-10-31

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惜福と分福

10月も本日で終わり、余すところ2ヶ月。
息切れがしないようにモチベーションを維持して
安全運航にトライする日々でありたい。
今日も朝の「安全辻説法」の始まり。

昔の貧しき日常は、麦飯とさつま芋が主食であった。
しかしお盆や祭りになると、米のご飯が食べられる事は
わずかな楽しみの中でも最上の歓びであった。 
米のご飯があれば塩を振りかけても美味しいと思った私はいつも超満腹に食べた。
その夜には決まって腹痛が始まるのである。

傍で見ている姉達に何度も注意を受けた。
「 腹も身のうちよ!いい加減にしておきなさい! 」
姉のきつい叱責が今も耳に残っている。 
超満腹で眠りにつく頃には、やはり食べ過ぎの幼い腹は、待ったなしでシクシクと痛み始めた。 
「 そら見たことか!食べすぎじゃ、いやしん坊! 」
「 いつも言うことをきかんけー身から出た錆じゃ!性根が入るまで泣いたらいい! 」
薄情な姉たち3人に睨まれながら、自分で自分の腹を撫ぜ回して
七転八倒する以外になかった。
その頃は反省も懲りるということも、まだ理解できない無知であったように思う。

明治の文豪「幸田露伴」の教えの中に、「 惜福 」と言う言葉がある。 
与えられた福を、取り尽くし、使い尽くしてしまうことなく少し余して天に預けておけば
その心がけは又、不思議に福に出会う機会をつくるのだという。
今にして思えば、釜の底を見るほどに平らげるより
その分、明日に残して楽しめばよかったのであろう。
なにぶん食い意地はそんな知恵もなかった。

この最近、有難いことに友達から「 松茸 」数本お裾分けをしてもらった時の話。
「 松茸は毎年採りつくしたらあかん。とった場所はGPSに記録させて
  その場所に1~2本は残しておけば、その残りの傘から粒子が落ちて
  次の年にもGPSの記録を辿れば、良い収穫が見込まれる 」
という。
「 なぁ~るほど」・・これぞ「 惜福 」の見本ではないかと私は相槌を打った。

何事も与えられた条件は使い尽くすことで、当たり前と思うより
一歩控えめにして譲る心がけが、功を奏して、いつかはその信頼が
大きなコウノトリを運んでくるに違いない。

この世には幸せになれる人もあれば、幸せには縁のない人もある。 
何が原因しているのだろうか。
更に一緒に働く職場でも、この人と居たら安心できる人と、妙に信頼の薄い人がいる。
それは何が禍しているのであろうか。 
人に分け与えることもなく、自分だけの幸福はありえない。
周囲を幸福にすることが、自らの幸福につながる。

知者は語る。
「 すべて人の世の事は時計の振子のようなもの。
  右へ動かした丈は左へ動き、 左へ動いた丈は右に動くもの
  自分から福を分ち与えれば、人もまた自分に福を分ち与える 」
と述べている。
我が意のままに食べられるだけ食べていれば、腹痛の振子が作用する事も真であった。



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