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Blog/2018-11-26

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気持ちを切り替えることで 時は輝く

私は昔から60歳になれば定年後には、自分の好きな時間の中で
悠々自適に暮らすことを夢に見ていた。 
本も読み・好きなところに旅行もする・庭いじりにも凝って・山登りに魚釣り
できれば絵画教室にも通いたい・クルーザで無人島にもキャンプしたい。
そんな欲張りの憧れを空想しながら60代に差し掛かった。

しかし現実はそんな想像の世界に入れるほど、生易しいものではなかった。 
勿論仕事も継続しなければならない諸事情もあった。 
ひとたび社会構造の中で時間を刻みながら働き続けていたものが
長い習慣と継続の中で、好きなことだけをして生きていけるのは
決して現実的ではないことがわかってきた。

今まで社会的に時間を拘束されていたものが、ある日突然に開放された場合
当面は好き勝手な時間を楽しむことができるとしても
結局そんな生き方は社会通念からは外れている。
例え定年を迎えても、人間社会で暮らしていくためには
守るべき時間が続くことには変わりはない。
そもそも自分のお腹も、朝と昼と夜に合わせて確実に空腹が訪れるものであり
好き勝手な時間に自分だけが生活をするものではない。

いずれにしても空腹になれば、まず女房殿のお世話にならなければならない。
好きな時間も持ち続けていれば、それは意外とマンネリになり退屈さが忍び寄る。 
また有り余る時間を昼寝でもして過ごせば、今度は夜が眠れなくなる。
つまり無制限の時間ほど孤独を感じる時間は多くなり、頭の働きはどんどん退化していく。

多くの乗組員の仲間たちが、一旦は定年をして陸上の生活に馴染もうと
努力しているようであるが、その中の大よそ8割の人達が自由な時間の不自由を悟り
さらに年金暮らしの厳しさを体験して海上に再就職を試みる例は多い。

人間は自由がありすぎるより、拘束された社会通念の中に生きて
その重責を果たし開放されるからこそ、楽しい時間が得られるのではないだろうか。 
社会のルールを守るから社会の一員であり、そこから生まれた時間に
感謝や喜びがうまれるに違いない。

もし皆さんが堂々と隠居生活に入り、不自由なく満足に暮らしていけるものであるなら
そこには1人の時間を悠々自適に使いこなす覚悟が必要であり
社会通念から離れた仙人暮らしでも試みなければならない。

働く時間の拘束と海上に隔離されて抑制されるからこそ
休暇下船が楽しいのではないだろうか。
社会通念と社会常識から離れた位置に生き方を置けば
人はさらに孤独との同居を覚悟して挑まねばならない。



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