船舶管理から船員確保まで皆様のニーズにお答え致します

Blog/2018-12-18

Top / Blog / 2018-12-18

「 災 」は 一朝一夕に 癒せない

この世は両親であれ、夫婦であれ、親友であれ最後には必ず別離が訪れる。
「 死別 」である。
人生の中にある最大の不幸、その悲しみは誰でも隔たり無く訪れる。
親族と別離する悲しみは、学んだ知識や教育、或いはどんな厳しい訓練を積んでも
逃れる手法は見出されていない。
人は惜別の情の中に生きている。

この大きな悲しみに似て、決して侮れない決定的な悲壮感には
「 災害と事故 」が加えられる。
親との死別に遭遇した後の言葉には、涙ながらに語る言葉がある。
「 親の生存中には思わなかった、愛情のありがたさを今頃になってやっとわかる。
  本当に大事に育ててくれた愛情に溢れていたことが、喪ってはじめて身に沁みる。
  親のありがたさに涙する 」
と話す。

まさに「 親孝行しようと思うときには親はなし 」と、諺にも良く表現されている。
この悲しみに似て、訓練する事の出来ない悲しみを、船の海難事故に並べて特筆する理由は
無情にも発生した事故の苦痛と悲壮感は、両親との死別に似て
一級の悲しみであることを伝えたい。
人々は平穏無事の間は、自分には無関係だと疑う余地も無く「 高をくくる 」。

同じ船に乗り危険条件が傍に存在しても、常態化した安全意識は
他人事の観覧席になっている場合が多い。 
大災害などは予告もなしに突然襲い掛かる、健康障害の脳溢血などはむしろ
突発性が最も高い確率で致命的に発症する。

しかし、海上における災いとは、予知も予防もすべて可能な条件下にある。
両親を失うほどの悲しみに等しい、不幸の大きさであれば
今守られている安全の尊さには最大限、感謝しなければならない。 
取り返すことの出来ない悲しみを癒すエネルギーより、気をつけて安全を遵守することが
はるかに負担の少ない実利を誰も気づかないだろうか。

自分の行動や油断によって、発生した事故の結末は、耐え難い悲しみと屈辱が襲ってくる。
何故なら、自らの死をもって詫びた船長を、私は今も遠い昔を忘れる事が出来ない。
発生した後、自責の念に捉われるくらいなら、今、守るべきを守り
なすべきを実行して乗組員一人ひとりが責任を果たせばよい事である。
 
発生した海難事故後を補うエネルギーは一命一生の重みである。 
安全運航の手順はその時に守るべき、わずかな一過性の労力ですむものではないだろうか。 
今日も皆さんの長い人生の伴侶として、明るく朗らかな時が過ぎることを願って止まない。
今年も余すところ2週間・・・。



a:110 t:3 y:0



コメント


認証コード(4947)

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional