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Blog/2019-02-26

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努力は才能を磨く

子供が描く絵はいずれも汚されぬ天才の趣がある。 
私の幼少のころの思い出は、貧しければ貧しいだけ
我慢と工夫の絵が一生懸命にかけたことを思い出す。 
前向きに生きる逆境こそ、最高のドラマの始まりであった。
そんな頃、自分の足で立ち上がった思い出に、スクラップ自転車の話がある。

昔々のこと、私が小学校6年生の頃だったと思う。 
島には向かいの島からスクラップを回収に訪れる人が居た。
スクラップ屋さんが、近所の衣料販売業のおじさんから壊れた自転車を買い取る場所に
私は偶然に居合わせた。 
私も時々お小遣いのために、浜辺におりて錆の鉄屑を集めては
このおじさんに買ってもらっていた。

ところが事もあろうに、私の喉から手が出るほど憧れていた自転車を
廃品としてスクラップ屋に300円で売ろうとしていたのである。 
「おっ! おじさん! 頼みますその自転車を僕に売ってください!!」
「これ壊れていて動かないよ!」
「それでも良いです。自分で直して乗りますから、お願いします。」
そんな訳で私はその自転車を鉄屑の売値より50円高い350円で買うことになった。
 
勿論スクラップを売ってためたお金では足りなかったけど
結局はお婆さんに残りを借りて、憧れの壊れた自転車を手にしたのである。 
これが私の生まれて初めての高価な買い物であった。
その当時学生服の上下は1000円くらいの値段だったと思う。 
それでも350円は私にとっては大金であった。 
自転車は前も後ろもパンクしていて、チェーンも切れていたし
ブレーキも殆ど無くなっていたが、車体だけは丈夫で何処も傷んではいなかった。 

私は学校が終われば道草をしないで飛んで帰り、来る日も来る日も
自転車の修理に没頭した。
不足の部品は工夫しながら繋ぎ、パンクしたチューブもゴムノリで何カ所も貼り継いだ。 
その努力は見事に修理を完成させ、学校に乗っていけるまでに完成したのである。 
その頃、自転車を持っていたのは数人の生徒と先生だけであった。 
洋服の行商をする大きな荷台がついた古い自転車。

それでも私には自主努力のたまものとして、格好良い自慢のマイカーであった。 
自転車を修理出来たことは、次第に前向きの性格に変化して
勉強も努力するように変わり、家の大工仕事にも役立つようになっていった。
そして、頼まれれば積極的に行動を起こす人間に成長していったのである。
自転車効果は少年の心に飛躍的な変化を生み、
その自転車を私は中学卒業までの4年間乗り続けた。

今では1万円程度で買える自転車ではあるが、私の自転車は私を育てた
高級な乗り物であった。
今でも自転車屋さんの前を通ると、島で育んだ青春の1ページが私のハートをくすぐる。
素晴らしい想い出の財産になった。



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