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Blog/2019-03-01

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山裾にありて 海の広さを思う

人生に自分の絵を描けるのは自分だけである。 
私は以前仕事を引退したら、クルーザー船を買って魚釣りをしたり
無人島でキャンプを楽しむ、海に関わる夢を果てしなく見ていた時期があった。
しかし長い年月、海の仕事に携わるうちに、海に対するロマンより
むしろ恐怖心や海難の軋轢〔あつれき〕を辿るに従い、海と言う厳格さに
一人の人間としての弱さを、つくづく感じるように変わっていった。

心の変化は次第に、田舎暮らしへの憧れに趣を変えていくように思える。 
それは、今でも私の中に海上と言う職場の持つ特異性や
危険率に対するストレスが大きく存在するゆえであろうと思う。
まさに海という自然界の驚異は、対比するものが無いくらいに巨大であり
そこに生きる人間の弱さはとてつもなく小さい存在に過ぎない。

それは、長い年月、海に携わった私の結論であり恐怖心でもある。 
同時に都会に目を向ければ、その生活の大部分はマンションジャングルの中にあり
人々の笑いも遠くて、不幸も幸せも四角い窓の中に閉ざされ
それ等の営みの和や微笑み像はまるで見えない。 
あるところには最愛の我が子でさえ、食事も与えず冷水を浴びせて廊下に立たせる虐待は
人間関係の綻びを垣間見せて、まるでパンドラの箱のありていを露呈していた。

ならば、田舎に目を移せば、山あり谷あり四季折々の彩がある。 
丁度今頃、小川の淵には蕗の薹が芽を吹き、土手には香ばしい水仙の花が微風に揺れている。 
最近勤しむ私の小農業は、自分が手をかけた分だけ飾ることもなく
野菜や花の成長は見事に答えを出してくれる。 
自然と一緒に縁側に座り、お茶をする夫婦・・・
時が止まった風景に身を置く事は、心は優しく和む気がする。 

猫の額ほどの畑を借りて、わずかばかりの野菜を作り
緩やかな時の流れに身を任せることも、素晴らしい在り方だと思うようになった。 
夕暮れには1本の焼酎と冷奴があればそれで良い。
山裾に居ながらに海を思うのも、又おつなものではなかろうか。

海と言う偉大さの中に生きる事は、とてつもなく大きな試練があり
曖昧な受け止め方があってはならない、崇高な職場だと思うようになった。
海難事故はあくまでも当事者のみならず、沢山の関係者も巻き込む惨事である。
勿論、当人の持つ後遺症は癒しがたい心の傷となって心に残って余る。
海難も事故も油断する者には、何の加護も無いのが変わらぬ海の掟である。

無事故を守るのは、貴方の心一つ
毅然とした心なり! 



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