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Blog/2019-03-07

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仕事は生きるための背骨である

ファックス備考欄に、興味のある題材を多く頂き、時々考えさせられる。
特に某船長にはいつも沢山のヒントを頂く。
時には人生観であったり、仕事の方向性であったり、運用に関する問題であったり
また明るく駄洒落であったり〔 魚が驚いた「 ぎょっ! 」 〕などなど
日々のテーマを明るく投げかけて頂く。

通信文の一部
「 昨日はやっと接岸して、取りあえず当分の間の食料を確保できた、これで一安心。
  時々思う事に、働くために食べるのか、食べる為に働いているのか?
  当然?私の場合は後者だと思うけど・・ 」
結構重いテーマを頂いた。 
昨今は題材不足、折角だからこの問題を拝借して、働く価値を考えてみたい。

ここに働く意味をテーマにして少し話しを進める。 
「仕事は生きるための背骨である」そんな言葉があった。 
背骨の無い人はこの世には立って歩くこともできない。 
背骨に例えられる仕事は、生きるための大事な手段である。 
食べるためだけでもなく、職場を通して人間性を高め、人生を深く広く学ぶ。 
更に仕事をすることで程よい報酬と、こころよい疲労も同時に与えてくれる。
素晴しい贈り物に違いない。 

また別の言葉に「 働かざる者 食うべからず 」は
人間として大前提の条件として働く使命にある。 
そして働くということは家族のため、社会のため、夢のため
共存共栄を目的とした人としての使命達成でもある。 
それではお金があれば、働かないで良いのだろうか。
それは間違った見解である。 
人それぞれの価値観はちがっても、この社会には自己の存在感が無くては、耐えられない。

自分はこの社会には不要な人間だ。
職場では自分を必要としていない。
どれほど寂しい思いに陥るか計り知れない。
お互いが苦労しても、より良い職場作りのために、歯を食い縛る時もあらねばならない。 
明るい職場作りのためには苦労も有るけど、今日は少しだけ乗組員を喜ばせよう。
そんな思いになるのも、苦労を積重ねた厚みのある船長の選択肢ではないだろうか。

同じ職場にあって、
一つ「ほかの誰かを助ける」
二つ「ほかの誰かに感謝される」
三つ「ほかの誰かに必要とされる」
得することを独り占めすることなく、分かち合い「 はたを楽にすること 」

「 港で働いて みなっと! 」駄洒落の飛び交う職場の朝には
温かい味噌汁、めざしの香り、シャリッと来る沢庵の彩が見えてくる。 
苦労を分け合うこと。
歓びを分け合うこと。
そんな仲間と一緒に生きることが、働くことの中心にある「背骨」のような気がする。
[2011・3・9日修正再記載]



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