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Blog/2019-03-15

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安全の蓑

ペット以外の犬猫や一切の動物は、衣服を着ることは無い。 
生まれたままの状況で大きくなり、裸で一生を生き抜く。 
つまり動物には生きるという本能以外の心と言う物はないのだから
どんなグロテスクな格好をしていても、恥ずかしいとは思わず
衣服はむしろ不要な一物である。

それでは我ら人間はどうであろうか。 
いかなる人間であろうともまず生まれたときから衣服を着て、我が裸の身体を覆い隠す。 
それは他の人間に比べて劣っていたり、決まりが悪かったり
恥ずかしかったりして人間としての節度を保つ、羞恥心が存在するからであろう。

「 恥ずかしい 」その様に思い感じるところから、人間としての向上心や
あるいは他と比較する改善が繰り返されていくに違いない。 
人々にもしも「 慙愧〔 ざんき 〕心 」が無くなれば、獣のように自由奔放
本能のままに生きていくものであるから、それは畜生に等しいということになる。  
「 慙 」とは・・・自分の行動に正論を持っていどむ。
「 愧 」とは・・・他人が間違った道を歩まぬように忠告すること。
つまり人間は「 ざんきに耐えない 」と思う心があるから
向上心が生まれて生活の改善を進め、日々の努力で能力を高めていくように作られている。

それでは、皆さんに質問をしてみる。
※ あなたの作業している服装は正しいですか。安全規定に沿っていますか。
※ あなたの職場は整理整頓が徹底されて、恥ずかしいところはありませんか。
※ あなたの作業行動は安全で、恥ずかしいところはありませんか。
※ あなたの職場は機器の整備点検に、恥ずかしいところはありませんか。
※ あなたの航海当直の姿勢は、恥ずかしいところはありませんか。

衣服を着て人間らしくしていても、「 恥ずかしいと思う心 」を見失って
姿かたちは人間であっても、それは救いようのないただの生き物ではないだろうか。 
人としてなさねば成らないことは「 羞恥心 」を持つのが最低限の条件である。 
職場を綺麗に働きやすく整える事は、自らの身体に衣服をまとう事と同じである。

例えば明日は我家にお客さんが在る。と、言うときはどこの主婦であろうとも
その前日には大掃除をすることが多い。 
皆さんの職場では、にわか掃除では間に合わない日頃の整理整頓がなくては
荒天遭遇にも打ち負ける。 
人として「 羞恥心 」「 向上心 」を備えて、いつも心に
「 安全の蓑 」をまといたいものである。



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