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Blog/2019-03-19

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安全という常識

安全遵守は毎日の洗顔と同じである。
私の仕事は、毎日毎日安全の文字を並べては消し
書き連ねては一筋の航跡になってまた消えていく。 
安全という道はどこの地図から探してくるのか
案内役の本人にも当てのない旅立ちのまま、たどり着く当ては無い・・・
まるで風来坊の演歌道を行く思いである。

人生とは様々な変化への対応を言い、安全は生きる道を言う
そしてそこに、安心と信頼を築くのが人生の価値である。 
安全とは危険を認識する事に始まり、穏やかなる生活を築くための目的でもある。 
安全な状態を維持し、不断の努力を継続していくところに、本当の幸せが見えてくる。
しかし、安全心には油断という「 獅子身中の虫 」が発生するから厄介である。 

安全を守る環境には、これでよいという休憩は無い。
生きる者にとって今が安全であり元気であっても
生涯を通して無災害を完結する事は出来ない。 
誰もが予想しなかった大津波しかり、福島の原発事故しかり、広島の大水害しかり
重大震災と事故を予想した人が、日本中に只の一人でも居たのだろうか・・・。

念には念を入れていても、心の油断・食の不安全・交通の不安全・不健康
想定外の自然現象・職場の不安全・人心意欲の低下・など等
人の行くところには、常に思わぬ想定外が待っている。 
更に、生活と仕事の共存する船の職場では尚更のこと
常に危険と隣りあわせはご承知の通りである。

それだけに出来る事は自主的に心掛けて、安全遵守に手を抜くことがあってはならない。 
それは決して難しいことでも、猛勉強しなければ学べないことでもない。 
安全運動とは当たり前のことが当たり前に出来る心構えを言い、
徹底した常識の適用にある 。 
人としてその常識こそが、本当は守ることがもっとも難しい実務として
道は遠く険しいもののようである。

守って当たり前の常識。
人はその常識が時々守れなくなるから、危険が存在する。
例えば、車の運転には法定スピードが定められている。
それが常識である。
しかし、その常識を守る事が難しいところにヒントがある。 
誰もが毎日毎日、自分の顔だけは洗面する。
歯も必ず磨く。
それは常識中の常識でもある。

それならば同じように取り扱う機械にも顔がある。
その顔をシッカリと手入れを欠かさなければ、機械はいつも生き生きした性能を発揮して
あなたの顔と同じように、いつも清潔に輝くのではないだろうか。
「 守り続けること、やり遂げること、それが本当の安全遵守 」と言う常識だと私は思う。



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