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Blog/2019-05-16

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朝の洗顔で心も洗う

教書に、私達はなぜ朝起きたら洗面するのでしょう。 
子供たちと接して食事のマナーは指導することはあっても
洗顔を指導する必要はないくらい、洗顔する行為は誰の生活にも溶け込んでいる。 
何故、朝起きたら洗顔をしないといけないのでしょうか。
※ 皮膚が汚れているから。
※ 目をさますために。
それはもっともな答えのようであるが、私達は外出して家に帰ったとき
汚れたからと洗顔するでしょうか。 
洗顔は単に顔の表面の汚れを取ることだけのことではないのです。

朝、目覚めて、意識しながら「額・眉毛・両目・鼻・頬」と洗っていくうちに
いつのまにか自分の心の中まで綺麗に洗われている。
日本に根ざした立派な文化なのです。
という。

さらに「 洗顔をしないで人と接することは、寝ぼけ眼で失礼な事と捉えられており
清らかな身と心で接することが礼儀であり、食前にきちんと手洗い洗面することは
ご飯に対する感謝の念を身と心で表現する事が洗面の深い意味である。」
と説いている。

それでは、誰もが毎日習慣にしている洗顔を、自分の職場に採用して
部屋や機械に対して実行すれば、如何の効果が表れるものであろうかと私は考える。 
自ずと職場は綺麗に整理整頓されて、機械は常に汚れもなくピカピカと輝いているに違いない。 
これぞ、浄・不浄を超越して全てのものを浄化する心のクリーンアップに早変わりである。

「 安全遵守 」も然り、この自然の教育に学べば「 洗顔の心 」なくして守ることは出来ない。
出たとこ勝負・思いつき・途切れ途切れ・敬いを忘れた行為・行動の中には
到底「 安全遵守 」は実行する事は出来ない。 
人にとって、「安全と平和」は永遠の願いであり、努力もしないで
神や仏が守ってくれるわけではない。
常に心がけを「朝の洗顔」のごとき恒常化することで
危険を察知する心や注意力が養われていくものではないだろうか。

例えば受験生が勉強も努力もしないで「 どうか国立大学に入学させてください 」
自分勝手に願う事と、何もしないで、安全だけを祈願する事とはよく似ている。
「 拝みっぱなし、祈りっぱなし 」その神棚には水もなく埃を被っている状況は
その船の心構えが明らかに映っている。

皆さんの乗船する船舶の運航。
その行く手にある「 安全 」は他人のためではない。
自分のために守るものである。 
自分の船・自分の人生だからこそ、まず自分の為に行動をとることが
当たり前のあり方ではないだろうか。 
自分の人生は自分で輝かす以外に誰も手伝ってはくれない。
目の前の安全遵守がその基本理念である。



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