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Blog/2019-06-14

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平穏と言う自覚

一瞬の積重ねが人生と言われるが、平穏な日々、変化に乏しい日常が今日も繰り返される。
実に淡々とした日々の経過は誰もが退屈さを、つい感じてしまうものである。
人々はその日常のゆっくりした時の流れをつまらなく思い
つい特別なことや刺激を求めがちになる。
もっと楽しい事は無いだろうか・・・と、淡々とした日々は嫌だと思いがちになる。

はたして一年の中、特別に心が躍るような一日は何日あるのであろうか。
今というひと時は見る立場によって、どれほど恵まれたひと時であるのか
人それぞれの心に幸せは広がる。 
例えば、毎日わくわくと心が躍る日が続いたとしても
結局、それも必ず飽きる日が来るに違いない。
例えば家族旅行をするにしても、一年に数回するからこそ楽しいのであって
毎月のように家族旅行を続けても、必ずその行動は当たり前になって
気持ちにはムラは増大してしまう。
 
つまり、特別な日ばかりを追い求めるのではなくて、淡々とした日常の中に目を向ければ
自然の中には沢山の知恵を見つけることが出来る。 
春は花が咲き、夏は太陽に輝き心も踊る、秋には収穫の後、冷たい風か吹き始める。
そして厳しい冬の訪れ。
季節ごとの知恵は万人に語り掛けるものではないだろうか。
一杯のコーヒーを飲む。
ホッと一息できる平穏を「 何と美味しいことか・・何と幸せなひと時か・・ 」
そんな心にゆとりの気持ちを持つことこそ、生きている実感ではないだろうか。
人によって「 何か良いことはないか 」「 何か面白いことはないか 」と
平穏の時の流れに感謝を忘れがちになるが、実はこのような考え方に陥る人は
自らが不満を生み出している。

営みとは、いつでもどんな場合でも、自分の足元をしっかり見る。
そこには、日々の平穏な暮らしの中にこそ、沢山の宝石が散らばっている。 
今と言う一瞬の中にこそ輝くものは沢山ある。
何故なら、一瞬の中にこそ、人生は確実に積重ねられているからである。 
感じる・感じないは一人ひとりの心が決めていることである。

平坦な日常の生活と労働が続く海の道。 
溜息と欠伸が交互に続く同じ職場・同じ顔・同じ航路であってはならない。
一瞬の重みを疎かにしてはならない。
気の緩みこそ自らの人生最大のピンチを招くことも、また一瞬のうちに始まる。
どこの世界にあっても、人生おなじ時の調べはあり得ない。
もし平穏にして欠伸が出るときがあるとしたら
それは貴方自身の心が欠伸をして、とどまっているからに違いなかろう。

「 幸せは何ごとも辛抱強く待つ人の下に訪れる。感じるのは貴方の心である 」



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