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Blog/2019-06-17

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反省と言う箒(ほうき)

低気圧の通過とともに土日の休日には雨がシッカリお湿りを残して去った。
このところ水不足が叫ばれていた西日本であるが、少しは改善の余地がうかがえたと思える。

雨上がりの日曜日には我家の庭掃除、草むしり、落ち葉のかき集め
小さな庭でも放置していれば枯れ落ち葉が山積みになる。 
常緑時は古い葉っぱが落ちて、若葉の新しい葉っぱと入れ替わるために
むしろ春先の方が落ち葉は庭の隅に多く重なる。 
生きているものは全てが季節ごとに衣を変えるもののようである。
掃いても、掃いても溜まってくる。

1ヶ月もすればゴミ用に溜めた袋に枯葉が一杯の量となる。 
私はせっせとゴミを掃き集めながら
「 人の心には、ほこりが溜まらないのだろうか・・ 」と、ふと思う。 
掃除をする事は、自分の住まいなどを綺麗に掃き清めることであり
廊下であれば雑巾を絞って磨く事でもある。 
最近の本屋さんにも「 掃除の効用 」と言う自己啓発書が書棚に並んでもいる。

掃除の効用については「日本を美しくする会」と言う会があって
抜粋させて頂くと、大よそ次のような項目が書いてある。
「掃除を実践すれば、5つの効用がある」
[1] 心を磨く    
[2] 謙虚な人になれる  
[3] 気づく人になれる・無駄が無くなる
[4] 感動の心を育む 
[5] 感謝の心が芽生える 
「一つ拾えば一つだけ綺麗になる」

トイレの掃除についても、毎日続けて清潔さを保てば
それだけ次の日の掃除時間は短くなり、3分程度の心掛けの継続で
爽やかなトイレによみがえる。 
掃き掃除・トイレ掃除・このような些細なことも、継続する事で自分への自信が生まれて
次第に前向きで腰の低い心に改善されていくという。

何事も人生において「 善 」と思える事は「 継続 」することで
その人の中に新しい芽が育ち、その行いこそが幸運を導きやすい土壌になるようである。 
それでは我々の心の中の掃除、それはどのようにしたら掃き清める事ができるのであろうか。 
心も人の器である。
ゴミや埃が溜まってしまえば、汚れに曇った心には陽は射さず
いつまでも暗い澱みが続くものであろう。 

濁ったままの池を見れば良い。
そこには綺麗な生息物もなく汚染の匂いが鼻をつくだけである。
そんな池には誰も近づかない。
いつも掃除した綺麗な庭には、やがて春が訪れ小鳥たちがさえずる。
「ちょいとお庭を拝見」と、掃き清められた場所に人々は集まり始める。
人間の心にも同じ事が生まれるのではないだろうか。

欲深い人間には煩悩が渦巻くといわれる。 
欲深さ・暴力・嘘つき・性癖・怠惰・身勝手・賭け事・・・
これ等多くの不義不遜は人間関係を悪い方向に進めるだけでなく
やがては転落への道筋を進み始める。
さてそれでは、心の掃除とはどのような手法を持って行うものか?

全ての行いには「 心の赴く動き 」がある。
「 反省 」という箒を持って、日々を掃き清める事をいうものではないだろうか。 
その日の内にできる掃除は、行動の後の「 反省と点検 」にある。 
そして最後に眠る前に今日一日を「 反省 」することで
きれいな心は安息へと導かれるのではなかろうか。



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