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Blog/2019-06-18

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安全運転は自制心にある

最近は高齢者ドライバーの運転事故が多発して社会的にも大きく取り上げられている。
高齢ドライバーの無節操な運転事故は、益々増加している傾向にある中
池袋の暴走事故では88歳の医師が運転する車が、アクセルとブレーキの
踏み間違いと思われる暴走で、多数の事故被害者を出したニュース。 
社会は触発されて、高齢者の運転免許所を早期に返納すべき世論が沸騰し始めている。

他人事ではない、私も間もなく高齢者の免許更新の時期に差し掛かる。
勿論免許証が無くなれば、現役としての仕事も難しくなり
趣味としているアウトドアの楽しみも失ってしまう・・・
深刻な悩みを抱えることになる。 
しかし最近では、何故か慣れによる運転の荒さを、恐妻に指摘されるのは
礼を正さなければならない。

どのような理由があろうとも私自身はたとえ忙しくても
おとなしい運転者にならなければならないことを努力目標としなければならない。
そうでなくては皆さんへの安全提唱の面子が立たない。 
人の命は何事にも代えがたい尊いものだと訴え続ける私が
その心を持って運転をしなければ、釈迦に説法であってはならない。

現実には日本全国で毎日10人以上の尊い生命が、交通事故で失われているという。
それは決して他人ごとではない。
その被害者は私達の家族かもしれない。
さらに、交通事故は被害者だけが不幸になるものではない
加害者も被害者も不幸の形は違っても、重い荷物をその日から背負う事に違いは無いのである。

何人たりとも、車を運転するためには、常に人の生命の尊さを
念頭に置いた安全運転を心掛けなければならない。 
誰でも運転免許をとった直後には、慎重になり、こわごわとルール通りに
運転をするものであるが、しばらくすれば自己流の自惚れた運転に変貌しやすい。
それは何故か? 
車と言う閉塞された個室は、周りから顔や氏素性〔 うじすじょう 〕が、
分かりにくくなる事から、自制心が失われやすく、自己中心的な行動が
強くなりがちになるからである。

その様な身勝手な心に「 急ぎと焦り 」が加われば
それは全てに優先する鬼のような身勝手な運転が始まりかねない。
しかし、この世は全てが共通のルールでお互いが守りあうことで、交通の秩序が保たれている。 
運転席は人柄が顕著に現れる、魔法のコックピットかもしれない。
その性格判断は人を傷つけなければ分からない輩には
拳銃を持たしているのと同じ恐怖ではないだろうか。
悲惨な交通事故の映像を見たとき、私は海で働く皆さんの当直姿勢や当直意識を比較して思う。
前途の危険を予測せず、誤った判断をしてヒヤリハットを見過ごす操船は
いつか大きな不幸を招く根拠になる。 

バスの陰に人の姿を見る事は出来ない。
「 見えない事は存在しないことではない 」
「 危険を予知して安全な運転能力を高めよう」
車の運転も、船の操船も大切なことは「慎重さと心構え」にある。 
何事も遅くはない、気づいて改めるは其処からすでに模範者である。



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