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Blog/2019-08-08

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我が故郷は心にあり

♪ みかんの花が 咲いている 思い出の道 丘の上 
♪ はるかに見える 青い海 お船が遠く かすんでる
この童謡を聞くたびに、私は我が故郷の百島を思い出す。
百島(ももしま)は瀬戸内海中部に浮かぶ芸予諸島の島。 
尾道港から鞆の浦の海道中間にあたる。
中国・四国地方を全体に見渡すと、百島はほぼ中央に位置する我が故郷の所在地である。

瀬戸内海国立公園を彩る島々、その中核である尾道市百島町も時代の推移には勝てず
船便しかないアクセスの不便は、更に過疎化へと急テンポに進んでいる。
私の育った当時には3,000人の島民に対して小学生は450人
中学生は180人を擁した時代があった。 
今は廃校となり、新聞に紹介された校庭には、朝礼に整列する生徒の姿は無く
雑草がただ広々と茂って悲しい。

この前、島の友人に聞いたところによると、島民はすでに350人程度と著しく過疎化が進み
その大半は70歳を過ぎる方たちが殆どであるとかなしい衰退が押し寄せている。
我が故郷、懐かしい校舎、良く学びよく遊んだ広いグラウンド。
私の心には過ぎ去った時の流れが、草むらの影に陽炎のように揺れて浮かんでくる。

今は懐かしい故郷の風景にはもう戻れない、貧乏した時の流れは
水だけを飲んで過ごした思い出も、何故か懐かしく思えるのは不思議である。
いかに物事に恵まれず、全てが不自由で貧乏に育ったとしても
それは自分の故郷であり、今の自分を育てた懐かしい原点であったに違いない。
いわば母の胎内に近い存在であったかもしれない。
 
時代の波に取り残され忘れ去られた故郷、貧しさのままの原風景に立てば
想い出はわが心の奥底にこだまして胸がうずく。
何故か昔には戻れないはずなのに、私は知らずしらず思い出を辿っている。 
私の育ったルーツは決して忘れることは出来ない。 
どんなに今が変わろうとも、私が生きてきた原点は決して変わらない。
今は過疎となっても故郷は、まるで母そのものの懐かしさであり
心に刻まれた風景は、ゆっくりとゆっくりとした時の流れのままである。 

私の子供が、私を永遠の親とするように、私にとっては永遠の故郷は一つしかない。 
時代にポツンと取り残された瀬戸の島は百島である。 
自分の生きた証しを今は尊いものとして見つめる。 
我が故郷は心にあり。

一昨日、わずかに残った同級生から久しぶりに「尾道で同窓会」の誘いあり
ふと忘れていた故郷への郷愁に「みかんの花咲く丘」の歌を思い出して、口ずさんだ私。



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