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Blog/2019-08-29

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喜怒哀楽を分け合う友

通勤の途中いつもの混雑の入り口、市内のバス停前に
互いに肩を組合う若者2組に出会った。
バスを待つ間の親しい友人同志のコミュニケーションであろう。
近郊にある身体障害者の学校へ通う生徒が、仲良く肩を組む姿は微笑ましく
私達がざんじ忘れていた人間味溢れる表現だと感じた。

今時、若者たちの意思はスマホやメールで、簡単に伝えられる便利な時代に様変わりした。
そのために、お互いの感情を身体で表現することはなくなり
相手の表情も見ないで、一方的に意思表示をしてしまう状況が多い。 
昔は身体であらわす表現は、嬉しいことや、悔しさに殴りあう喧嘩もあった。
又、意気投合して肩を組んだ若者のスクラムも沢山あった。
今の時代、感情表現という人間の大事な何かを、忘れた時代を感じるのは私だけだろうか。 
目を覚ませば、携帯電話にメール。
車の運転中でも平気でスマホをいじっている人は沢山見かける。 
小さな液晶体の枠を覗き、指先一つに全ての感情を入れ込む。
指先にこめた表現は、自分の顔を無表情にしてしまう。

そうすることで本当の感情はどんどん内側に向かってこもり始める。 
何を考えているのかわからない性格が蓄積していく。 
便利な携帯電話を無くしては、とても暮らしていけない時代になってしまった。 
この様に極限に便利さが進めば、必ず失うものが沢山でてくる。 
人の辛抱・勇敢な日本男児・正しい言葉づかい・頑固親父・泣く子も黙る亭主関白
優しい笑顔など数えきれない感情の起伏を失っていく。

そして、確実に増えているもの。 
男か女かわからない人種・ネットの買い物・などなど、
時代の変化には人の性格も性質も限りなく変わってきている。
障害者の若者同士が肩を組む。
知恵が及ばないために、彼等の手には携帯電話は持たされない。 
素直なお互いの肩が、とても大事なふれ合いの宝物のようである。
通り過ぎる車窓に見える彼等の笑顔は、幸せそのもの天使に見えるのは何故か。
人を羨むことも、騙す事も無い、澄み切った綺麗な心がそこにあるからではないだろうか。

彼等の笑顔に元気付けられながら思った。
せめて今日一日、多くの人達と肩を組める心で頑張ろう。 
どのように便利な時代になろうとも、たった一度しかない人生である。
心を捻じ曲げないで後悔の無いように、自分の人生を生きていこう。 
出来るだけ多くの人達と肩の組める自分でなければならない。



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