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Blog/2019-10-08

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憂うほど 心に膨らむ 注意力

人が生きていく過程や私たちの周辺、特に海洋を職場とする生活には
数えきれない事故や災害が存在する。 
そしてそれは「 不注意が原因である 」「 注意力が足りなかった 」
と言う言葉をよく耳にする。  
皆さんとの安全会議に於いても、主にその「 注意力 」をとりあげて
話を進めることは主眼となっている。 
新聞などのマスコミでは、なにか事故や災害があると「 注意義務違反 」
「 注意を怠った運航上の過失 」という表現によく出会う。

本日も「 注意 」の反対「 不注意 」について着目してみたい。
諺にも「 念には念を入れよ 」「 石橋を叩いて渡れ 」と言う言葉がある。
ここにもその意味の中に注意の言葉が巧みに表現されている。
注意力が不足している。
その力とはどんな力を言うのであろうか。

脚には脚力があり、腕には腕力があり、能力・持久力・表現力など
人の能力の中には様々な力の種類が存在する。
「 注意力 」とは「 状況をよく分析して正確に対応できる力 」と解する事が出来る。
それではその「 注意力 」はどのようにしたら備わるのであろうか。 
私たちは生まれた時から両親に「 あれはしてはいけない 」「 これはこうしなければならない 」と
常に注意する事を教えられて育ってきた。

そして、今の周囲を見つめてみれば、日常生活の行動の範囲はすべてが「 注意 」の連鎖であり
階段の上り下りさえ、手すりを持つ注意が必要である事に気がつく。 
つまりことを分けて考えれば、生活していくことは注意して生きることであり
その注意はあまりに身近に常態化して存在する。 

日曜日に三原の筆影山にドライブで出かけてみたら、頂上には10人くらいの人が
誰も口を利かないで、真剣なまなざしで胸にかけた双眼鏡を覗いているではないか。
聞けば「野鳥の会」だという。
鳥が音に驚くから声を発してもならない、同じ佇まいで寡黙なまま
じっとしている彼らの注意力と忍耐力には、流石についていけない雰囲気を感じた私と妻は
小鳥一匹に到底理解の範囲は超えていると感じてしまった。

注意にも色々の種類と1級、2級の注意が何段階にも分けられる。
私など、声を出してはならない、野鳥の会などは到底、辛抱できない会だと思ってしまった。
皆さんの仕事はそのような趣味の範囲を超えた、特別の注意力が必要であり
船舶の離接岸や入出港など大きな動きの中では
全員の心が「ヨッシャー!! 用心していこう!! 」
一致した細心の注意力で始動しなければならない。

その1級の注意力が必要な作業に、打合せもなく普段の生活意識の注意力で挑めば
その注意力の差は唖然とした結論に陥るのではないだろうか。
「 注意力 」を養う対策とは目の先、明日には何があるか分からない。
常に用心深さの服をもう一枚余分にまとう意識だと思う。
私は常に23隻の皆さんを憂い・思い続けていれば、
「 不安と注意 」は心に山積して膨らんでくる。

朝のメッセージに「 注意 」と「 心配 」をいくら書き続けても
読者が読まないで理解もしなければ「 注意力 」は絵に描いた餅になってしまう。 
皆さんの船、それぞれに力の差があるとしたら、この毎日の便りを読まない職場
読む職場の差ではないだろうか。 
私の説得力の空振りは当然私の力不足でもあるが
間違っても「 磯際で船を割る 」結果にならないように
日々の無事故への願いだけは、理解して頂きたい思いは胸一杯に膨らんでいる。



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