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Blog/2020-03-04

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努力の 櫂で 漕ぐ

今年になってからは寒さにかまけて、当分の間、野菜畑には出かけることが出来てなかった。
久しぶりに晴れ間の覗く日曜日、畑のある世羅の方向に足を向けてみた。 
車の運転をしながら助手席に座る家内が話しかけてきた。

「 お父さん、船の方ではコロナウィルスの心配は何もないの?
  夜中の電話がしばし無くなってホッとしていても
  今度はまたウイルス騒動は本当に怖くて気の休まることが無い。
  深夜の電話は特に恐怖だわ! 」

妻は飾らないで、胸元にぐさりと直球を投げてくる。 
日々努力する私のつたない便りは、私の祈るような意志は
皆さんにしっかり届いているのだろうか? 
安全を呼びかける「 心の橋 」は流れ星になって、ただ儚いだけのものかもしれない。
一人の意志で多勢の心をつなぐことは、到底無理な思い上がりに過ぎないのかもしれない。

私たちは自分の意志や思惑だけではどうにもならない「 何か 」に
支配されながら生きている。
その背景に存在するのは、個々の中にうごめいている「 運命 」というものであり
この本流を覆すことは容易ではない。 
私の辿った運命を例題にすれば、幼く4歳にして両親を失った少年期を過ごした定めがあり
父が戦死した後を守る母は、客船衝突事故の犠牲者となり
41歳の短命でこの世を去ってしまった。
私の生涯を左右した運命は、私個人の力では止めることのできない不幸な本流であった。

持って生まれた運命という逆流に流されながら
どうしたらこの流れから抜け出ることが出来るのか。 
人間は運命の前では全く無力なだけなのだろうか。 
然り・・そうではなくて、人生には「 運命 」という外からの力と
「努力」という内なる二つの力が存在する。 
その二つの力に相まみえるて進むのが人生ではないだろうか。

丁度皆さんが一つの航路、荒れた海、霧に包まれた目隠しの海域
命を的にして乗り越えて、目的港へと無事な入港を遂げる達成感にもよく似ている。 
つまり、運命という本流に対して、人間には心を磨く「 努力の櫂 」が
授けらていることを忘れてはならない。 
決して不幸なことばかりが続く人生はあり得ない。 
何事も心が願わないものは、みだりには近づいてはこない。 
安全平穏でありたい、健康でありたいと願うのは、当たり前のことである。 
ならば、心に願ったように一つ一つを「 努力の櫂 」で漕ぎ
悪い流れには近づかないように、自己を磨くことは大切な生き様であろう。
「 安全の尊さ 」は、いわば「 命の尊さ 」であり、海難事故が起こって初めて
その罪を知ることは、あまりにむなしいことである。

誰にでも大きな運命の本流は流れている。
皆さんには「 努力の櫂 」を一人一人が持ってほしい。
「 不幸な運命の力 」には「 努力を惜しまず 」流れを乗り越えてゆくことが
一人一人に与えられた試練であり、人生ではないだろうか。

雪解けのせせらぎの近くに膨らむ沢山のフキノトウを収穫して
日曜日の夕食には春を告げる山菜の香る天ぷらが山盛りであった。 
労すればまた運命も美酒をもめぐむ、早春の味わいなり。



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