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Blog/2020-03-18

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海にて ふたたび 生きる

昨日は新春「彼岸の入り」であった。 
春秋の彼岸頃には一年を通じて、新月がもっとも地球に接近するため
海洋はこの時期の潮位差は非常に大きく変化する。 
これを春秋の二大潮と言い、この春は3月24日が最も大潮になる日である。
このように天体によって起こる潮汐を天文潮ともいう。 
勿論この時期になれば、皆さんは狭水道や関門あたりの航行には
強潮流に舵を取られて危険な条件に難儀するものであるから
各船長にはこの時期の狭水道での操船指揮は安全上決して人任せにすることは出来ない。

また、干満差の大きい九州あたりの岸壁では、うっかりしていると
船体は岸壁よりかなり低くなって、潮位差の減少に驚くことがある。 
人がこの世に誕生する時は、大よそ深夜の満潮時に始まるという言い伝えは
医学の進歩では必ずしも的を得てはいないという。 
しかし、私は劇的な人命誕生に対しては、潮が満ちるとともに
一つの命がこの世に生れ出るという考え方が好きである。

それは、私も皆さんと同じように、海に囲まれた環境で育った意味を含めて
自然界の中に生命が誕生する奇跡を信じる一人である。 
人の命は母の胎内に生を宿れば、胎内で十月十日(とつきとうか)
母の羊水に浮かびながら育っていく。 
母の胎内、その羊水こそがミクロの命にとっては大海そのものではないだろうか。 
赤ちゃんは母の胎内で次第に成長し、お腹がいっぱいに膨らむまで泳ぎ育った時
人はまさに「 潮満ちてこの世に誕生する 」神秘的な現象に相応しい生命誕生となる。

実は私の初孫も、満潮の深夜に誕生したことから、自然の織り成す無限の力は
この世へ満潮と共に命を贈りだしているのだと信じてやまない。 
しかも初孫は私と全く同じ日に誕生する奇跡に巡り会うこととなった。 
この世に求められて誕生してきた尊い命。 
よもやおろそかに生きてはいないだろうか。
人間であることが、余に奇跡的な授かりものだとしたら
誰一人として不要で例外な命など、ひとかけら有り得ない。

母の胎内は一人の人間を守るための海であった。 
そしてこの世に出でて、我々船人は巨大なこの世の海に抱かれ続けている。 
いただいた命を人間らしくよりよく生きるということは
育ててくれた母なる海も自然の海も決して裏切ってはならない。 
多くのものに生かされたなら、自己中心に人生の舵を取ってはならない。 
この世に代わりのない、ただ一つのかけがえない命である。

海の仲間は、お互いが守りあい倒れたら支えあい協力し合うところに
生かされた意味がある。
「母の胎内の海」「皆さんの働く海」
人はその海で、命を全うしたならば、あの世へと三途の川を歩いて渡る。 
人はまた川から海へと再び生まれ変わり、育まれていくのかもしれない。




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