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Blog/2020-03-24

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安全は物言わぬ臓器

一つ・・・
安全は自分のもの、しかし、同時に自己の責任の下に存在する。

二つ・・・
如何なる作業も、航海も、突然の不備・不安全はあり得ない。
故に何事も予知・予測の準備を怠らない。

三つ・・・
乗組員の安全意識が、安全を生みだしている源(みなもと)である。

四つ・・・
現世代、乗組員として海難事故を起こすことは非常に恥ずかしいという
認識を強く持つべし。

上記、四つの認識を持てば、個々の安全への自主性は根強く定着し
職場の災害発生率は最小限に減少してゆくものと思える。
「責任感」・「予知予測」・「安全意識」・「羞恥心」
自分たちの足で一歩一歩を堅実に定着させたい。 
すべからず安全とは自分たちでつくり出す職場の財産となる。

世の中の仕組みは、大きな網の目である。 
更に皆さんの職場も小さな網の目の中にある。
人間と人間のつながりは一つの目となり、網は繋がっていく。 
縦の目・横の目が規則正しくつながってこそ、網は網としての役目を果たす。 
網の目がほころびれば、網は魚をすくうこともできない。
役には立たない穴空きの網は、ただの切れ端の糸に等しい。 
上下左右とつながりの破れた網の目は、破れたところだけの問題ではなくて
共に働く仲間達の迷惑になる。

その職場で働くということは、その社会の中で手を繋ぎ
人の役に立ってこそ自分というものが確立できる。 
自分だけが良くて、他の人がどうでも良いものであれば
それは網の目の一目ではなくて、存在価値の無いただの綻びである。 
そのように身勝手な者が巣食う職場では、常に無責任という危険分子が蔓延してやまない。

やがては、どこかでその綻びは痛い目として、いつか必ず海難事故を引き起こしてしまう。
日々の繰り返しも、実際の運航で痛い目にあってから懲りるのではもう遅い。 
取り返しのつかない結果、それは、多くの人に膨大な迷惑をかけた結末である。 
安全とはあって当たりまえの根本であるが、無くすまでは何の痛みも
何の不自由も感じないところに、破れ網の目が生じる。

皆さんの認識する医学の中に「 肝臓は物言わぬ臓器」といわれる。
暴飲暴食で弊害を起こす肝硬変は、進行してからではもう寿命は少ない。
破滅する臓器になる前に、しっかりとした危機意識を持って
懲りる前に懲りて気付く、皆さんの安善遵守の職場であってほしい。 
私なりのせつない願いである。



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