船舶管理から船員確保まで皆様のニーズにお答え致します

Blog/2020-04-27

Top / Blog / 2020-04-27

誇りと羞恥心

海で働き商船と言う職場にあって、日常の我が身を振り返り
我が職場を眺めるとき、安全上、健康上、少しも恥ずかしいところが無ければ
それは実に立派な職場であり、乗組員の素晴らしい総合力だと思う。 
反対に突き詰めれば、恥ずかしいばかりの整理整頓不備、不心得者
無反省な乗組員の態度、汚れきった職場の姿は
羞恥心と言う心得はどこかに置きざりにされているものである。

※日常のあなたの服装はただしくて、恥ずかしいと思うところは無いのですか?
※あなたの職場は整理整頓が徹底されて、恥ずかしいと思うところは無いのですか?
※あなたの作業行動は安全で、恥ずかしいと思うところは無いのですか?
もしも「 恥ずかしいという心 」を失っているとすれば、それは重大な意識障害だと思う。

今までに発生した事故経緯に多い結論は、殆どが「 怠慢 」による
「規則の不遵守」が多く浮上してくる。  
※ 守るべきことを実行しなかった。
※ 狭水道なのに連絡をしていなかった。
※ 狭視界なのに船長が不在であった。
全てが日常の小さな遵守事項の怠慢が折り重なって引金を引いているものである。
そのような職場に共通する条件は、乱雑であり汚れが目立ち、作業服はみだらな場合が多い。
つまり気がつかない間にいつしか「労働の意味」と「 羞恥心 」を
忘れ去っている条件が満たされる。

それでは私達は何のために働いているのだろうか。
「 給料を頂いて食べるため 」
「 家族を養うため 」
「 ローンを支払うため 」
その様な立派な理由があって今の職場にある。 
つまり働くということは、命をつなぐための尊い代価に違いない。
目の前の仕事を一生懸命にやる。
その延長線上に給料という代価が存在する。
間違っても資格を持って乗っている特殊性で、高い給料が存在するわけではない。 
誰もが「 生活のために働く 」そんなところに、働く意味が存在し
人としての誇りが生まれる。
「 誇り 」と「 羞恥心 」は相反する心の持ちようである。

「 ヒトは動物ではあるが、人間は動物ではない 」と言う言葉がある。
動物は本能のままに生きる。
排泄物も所構わず自由であり、性行為も発情すれば本能のままに子孫を残そうとする。
つまり、動物社会には本能のまま羞恥心を持っては、生存できない環境に存在している。 
然り、人間は動物ではないという意識が保たれるのは
人としての誇りが、本能の恥ずかしい部分を抑制するところに生まれるものである。
皆さんの職場には「 誇り 」という衣服があるはず。
決して羞恥心という服に着替えてはならない。 
私の語る「 誇り 」と「 羞恥心 」の心得をどうぞ頷いて頂きたい。 
自分の尊い身体は自分で守るという、深い自覚のためにも
「 誇り 」の服を、いつもいつまでも着ていて欲しい。



a:103 t:1 y:1



コメント


認証コード(2420)

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional