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Blog/2020-05-15

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今のゴミは 昔の宝

此処、中国地方には、西の方角に雨雲が垂れ込めて
午後より雨の予報は、そろそろ梅雨の入りも近い。 
雨が降る・・。
今日も降る・・。

幼い頃の私は半分破れた大人の蛇の目傘を肩に掛けて、舗装の無い田舎道を学校へ行く。
12歳も離れた兄から貰ったお古の長靴は、小学3年生の私にはブカブカで
靴底には沢山の藁(わら)をひいて隙間を少なくしてあった。 
雨の中を少し歩き始めるだけで、親指の辺りから次第に湿ってくる。 
それは足の先には擦り切れた、大きな穴が開いているからであった。

そんな長靴を履いて学校に着く頃、1.5キロの道のりは敷いた藁もべとべとで
まるで裸足のほうが良い結論になっていた。 
それでもその頃は、長靴も満足に無い時代だから
例え破れていても、私には自慢の長靴であった。 
ブカブカの長靴は、歩くたびに「ブカ!ブカ!」と音がした。 
走ると「ドタドタ!グチャグチャ!」と音がした。

傘も古くなれば、油分が乏しくなって綻びが次第に大きくなり
傘骨が露出している方が多いのであった。
その傘も大事にしなければ、次を買ってはもらえないのだから
紙切れがあれば油分を浸したり、蝋を塗ってもらったりして傘の修理もした。
だから私の傘は様々な色違いの模様があった。

それでも島〔百島〕の生活は、いじめる者が居たわけでもなく
お互いが貧乏と物不足の時代を当り前として、誰の顔も素直と素朴さに輝き
お互いの仲はとても良かった。 
梅雨に入り、雨が降り続く時期になると、私はその頃の破れ傘と穴のあいた長靴を思い出す。 
その靴も1年くらいで、前足の接着剤が無くなって、口が開いてつかえなくなった。

若者は未来を語り、老いては過去を辿る。
良い想い出はいつも心の中でキラキラと輝く。
それは私の場合、生活の全部が貧乏と工夫の生活であったから、思い出は特別に深い。
一粒の米・一切れのさつま芋・一枚の紙・一足の靴・一人の友を粗末にする人は
やがては貧困に泣くに違いない。
 
生まれた時から始末と工夫の生い立ちに育った者は、物は大切に扱い
そこに感謝の念が膨らむ。
世の中には、同じ貧乏でも明るい貧乏と、暗い貧乏がある。
何故か昔の貧乏は明日を夢見る、飛びぬけて明るい貧乏であったような気がする。
求めている本当の豊かさは、貧乏の中に育まれて、辛抱の花となる。



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