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Blog/2020-05-21

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人生はゼンマイ時計

人間はオギャーと泣きながら裸で生まれて、両親のお世話になりながら
成人式までは親の巻いたゼンマイで進んで行く。
そして30歳くらいまでは自分の巻いたゼンマイに、親の余力を拝借しながら前へと進む。
やがて30歳を過ぎれば、流石に他力本願と言うわけにはいかない。
独立したら、60歳までは自分の力でゼンマイを巻き、正確な時を刻まなければならない。

そして私如き年齢になれば、生きるゼンマイの上に
養生と健康のゼンマイを準備しなければならない。 
人は歳を重ね余生が短くなればなるほど「 命の尊さ 」を知り
自分のゼンマイを固くシッカリと巻くようになる。 
ところが残念なことに、この世に生まれた生命を尊いと思わない限り
他人の生命も、自分の生命も、紙切れのように思ってしまう例がある。

とあるニュースでは大麻所持の学生がドキュメンタリー番組に取り上げられ放映されていた。
見ていると両親との接見では、「自分の事は居なかった子供として忘れてくれ。
親子の縁も切ってくれて良い。それが自分の責任の取り方だ!」
身勝手な見得を切っていた。
「 盗人猛々しい! 」とはこの事である。 
何と未熟な育ち方をしたものか、何と未熟な人生観を持っているものか
無責任な親子の親権放棄を、手間隙掛けて育てた自分の息子に告げられるほど
情けない親は無いと思った。
正にこれは、人間放棄の悪魔だと思った。 

生きる目的/生命の尊さを根本的に誤っているのである。
子供の成長にわずかばかりの夢を託すのは、どこの親として当たり前のことである。 
高い学費を捻出しながら働きとおして、ゼンマイの余力も乏しくなった結論を
大麻中毒の子供から投げかけられた、酷い親権放棄の宣告であった。

当事者はともかく、苦労してきた人々の誠意を、まるで枯れ落ち葉を踏みしめる薄情さである。
この番組を見ていると、胸糞が悪くなってはき捨てたくもなった。
私も限りなく多くの人にゼンマイネジを頂きながら生きてきたのだと思える。 
人生は自分のゼンマイを自分の力で巻けることが、一番大事なことではないだろうか。 
それまでの間は、人の力を借りても良い、自分の力が余れば人様に貸しても良い
人と人の絆を大事にしながら順序良く、時を刻む時計にならなければならない。 

この世は人と人との共存が原則である。 
つまり、人と人の数珠作りが出来なければ、繋いだ数珠の糸は切れてしまう。 
切れて飛び散る命は、再び繋ぐ事はできない。 
一人の不心得が多くの不幸を生み、一つの不心得と油断が大きな事故を起こす。 
皆で守る安全のゼンマイは、乗組員のそれぞれが思いやりのある
優しい譲り合いの心を持つ事ではないだろうか。



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