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Blog/2020-10-15

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玉は磨かれ 初めて光を放つ

人生苦楽百般「 安全運航 」における万般のこと、結局はお互い一人ひとりが
本当に尊い存在であることを自覚した処から始まる。 
一つの船一つの職場で共に助け合えることが
何よりも安全心に一歩近づくことではないだろうか。 
それら共存共栄の行動は自ずと自主的となり「 自分たちの職場は 自分たちが守る 」といった
安全遂行の実践へと進展していくはずである。 
故に昨日・今日雇った人に、明日の「安全」を期待する事は誠に難しい。

「 安全にして健康な職場づくりの正門 」とは、まさに仲間を思いやる
人づくりの先に開かれている大道である。 
安全心とは勿論、形式的(服装など身だしなみ)を正すことも大事であるが
それらの先にある、公徳心もまた同じであり
安全の心は正しい服装・安全装備に身を包むこととに、相通ずるものである。

ところが人の心は物事に恵まれてくると、必ず大切なものを忘れてしまう 。
人の食欲にはその現象が顕著に表れる。 
お腹が空けば、とにかく何でも良いからとりあえず食べたい!! 
取りあえずお腹が満腹に近づくに従い、今度は今、食べている物がまずいと思うように変わる。 
私の晩酌のおかずを例にとっても、アサリが美味しいので
明日も、その後日も続ければ時には刺身にしてくれ!等と身勝手に変わる。 
そして今度は肉を食べたいと貪欲に変わる。 

パンの一切れも食べられなかった昔が、今は色とりどりに詰め合わせた
サンドイッチでさえ、嬉しい顔をして食べるわけではない。
「 贅沢は敵だ! 」そのような常識を、人はどこかに置き忘れるところから堕落が始まり
その心に海難事故や油断による労働災害も近づいてくるのではないだろうか。
人は日常の何事にも慣れてくれば、次第に我儘・身勝手に変貌していく。 
人は常に原点には戻れない性である事も残念な真実である。  
ここでその昔、電話をかけた若者から返ってきた
印象的な言葉に感心させられた記憶がよみがえる。 
忘れ得ぬ思いの深さの一部をここに紹介してみよう。

休暇明けには転船を希望してきた若者に、休暇終了が近いので
その後の気持ちに変わりはないかと電話で尋ねたら
「 私は乗りたい船も、走りたい航路もまだまだ沢山あります。
  しかし、私の転船希望は間違っていたことに気がつきました。 
  未だに、技術の未熟な私が、あの船に乗りたい!! 
  この船に乗りたい!! と我儘を通せば、 人手不足の昨今には
  その願いは叶えて貰えるかもしれませんが、その身勝手が通れば
  私の成長はそこで止まります。
  私は自分が納得のゆくまでこの船で頑張って、不自由の中に学びます。
  私の言い分は間違っていたのです。
  どうか、まだまだこの船で頑張らせてください 」
信じられない程、謙虚な姿勢の申し出であった。

私はこの若者に教えられながら、その将来性に大きな希望と未来を抱いた。
まさに安全心とはこのように素直な心の中にこそ、すくすくと育つものではないだろうか。
そこには、立派な「自主自立」彼の自尊心が大きく芽生えていたからに違いない。

「人は一日作さざれば一日喰らわず」という言葉がある。
つまり知恵や手足を働かせることは、自利自他の原動力になる。
悩みと苦労で人は必ず磨かれる。
磨かれることは誠が養われることに繋がる。
玉は磨かれて初めて光を放つ。 
どんな玉も初めから輝くことは有り得ない。
誠の安全心とは、この青年に等しく、謙虚な行動心に養われて育ちいく
深い人柄にあるのではないだろうか。



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