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Blog/2021-02-24

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チャンスは掴まなければ逃げる

長いようで短い人生を振り返れば、ここまでの我が人生は
決して一筋の航跡に描くことは出来ない。
複雑怪奇な航跡は、幾重にも紆余曲折、失敗続き・不幸続きが
泡立ちの蛇行になって浮かんで来る。
身から出た錆もあれば、人に裏切られ、人を悲しませ、空回りを続けた昭和中期の時代は
まさに背伸びした波乱人生が描かれていたように思える。
しかし、何事も歯を食いしばり耐えてさえいればそんな私にも
やがて幸運?が、巡ってきたのは忘れもしない、24歳初春の頃であった。

私は当時、やっと二航士から一航士へと昇格したばかりの職務であった。 
ところが、某港で頼りにしていた船長が突然心臓発作で倒れてしまった。 
その為いきなり、私には船長代理という大役が巡ってきたのであった。 
その当時の乗組員は12名が乗組む大所帯であったが
まだ一度も操船経験のない未熟そのものの私が、果たしていきなりそのような大役を
引き受けることが、許されるものか、まさにそういった常識外の波乱に満ちた時代でもあった。

当然、技術的にはまだまだ未熟そのものの私は立場上
とりあえず全員を食堂に集まってもらって、事の重大性を問いかける
ミーティングを実施する運びになった。
「 私は皆さん御存じのように、まだ全てにおいて未熟な人間です。
会社は余りに急な事で、代役も直ぐに手当てができないため
当面は乗組全員が協力し、各自が一職務ごとに繰りあげることで
今の乗組員で運航を継続してくれるように・・ 」
と言う回答であったが「 私には皆さんの合意と協力がなければ
本船の運航を引き受けるわけにはいきません。 」と申し出たものであった。

その時、二航士をはじめ機関長が一番年長なので次のような意見を頂き
協賛頂くことになった。
「 我々は若い代理の船長を立てて、この船を走らせましょう。
及ばずながら私達も、出来る限りアドバイスしながら全員の協力で
新任の船長を支えましょう、当面この場は皆が助け合って安全運航を繋いでいきましょう」
という、涙が出る力強い言葉を頂いた。

後にも先にも、この一案一言が将来の私の運命を大きく変えていったと
今もそう思っている。
未熟な私には、経験不足から常に皆さんの意見を参考にしなければ
何も出来ないぶっつけ本番であった。
入港・操船・接岸の速力・惰性・錨を打つ位置。
震える足元・何もかもが皆さんの助言と加勢が無ければ達成できる何ものでもなかった。

船長職というものは常に進行中の動作のなかに「 決断と実行 」を重ねてゆく
孤独な職務であったが、私は常に機関長や年長の幹部の意見を尊重しながら
若い自分を一歩引いた位置に置いて、職務を全うして行った。
時を重ねて操船の技術が身に付くころには、いつしか私は、代理から正規の船長へと
認められていくことが出来た。

今思えば未熟さゆえに紆余曲折はあったとしても、波風が立たないで
船内がまとまっていった理由は、常に船内の年配者を立てたからであった。
「 上手く行ったときは皆さんのアドバイスのお蔭、失敗した時は自分の責任 !」
と言い聞かせて一つ一つに挑戦し慎重に実行したお陰であった。

人は一人の力などわずかなものである。
例え未熟な船長であっても、多くの乗組員の力を頂くことで
船は安全に運航できることを、身を持って知った20代半ばであった。
人の意見を良く取り入れ、押されたら押し返さず、自分の中に収めてゆく。
それこそが人の力の吸収でなかったかと、今もつくづくそう思う。 
しかし、人の不幸( 船長の心臓発作 )の上に、人の幸せが巡る矛盾には
人生の罪の深さを知るには、十分な体験でもあったことも真実であろう。



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